「ひろば」(会員の声を掲載しているページ)より・・・

鎌倉時間
星野 郁
 私にとって、鎌倉との出会いはまだほんの少し前のことではありますが、いわゆる『鎌倉時間』というものが、心地よいものとなりつつあります。季節を通して、そこには海があり、山があり、お寺が点在します。遺産でもある歴史の風土を懐きながらも、この地を愛する人達の為の空間(カフェ等)も新たに展開されていたりします。様々な要素が織り成す、この微妙なバランスが何ともいい。是非、次世代を担う若い人達にも、この鎌倉という地に「繰り出し」「感じて欲しい」、そんなふうに思ったりします。

怪我
玉村 政子
 今年3月に怪我をして、左橈尺骨遠位部骨折の手術、9月には抜金の手術、あまりの大怪我だったので、元には無理と諦めていましたが、良い先生に手術処置をしていただき、元の手にもどり、仕事にも支障なく、本当に感謝しています。いつも当たり前のように使っていた手、大変不自由を感じ、改めて人間どんなところも必要だと思いました。
 先生、皆さんに感謝、感謝の日々でした。

次世代への宝
久坂 くにえ
 今年6月に第一子を授かり、子育てに奮闘中の日々でございます。より良い時代を次世代に継承したいという思いは益々強くなりました 。
 ユネスコの精神にございますが、「世界平和と人類の福祉の向上」は、それこそが次世代への宝と思っております。
 その精神の具現を目指す鎌倉ユネスコ。そしてその一員として活動できる事の有意義をかみしめつつ、諸先輩方にご指導頂きながら活動に関わって参りたいと思います。

私にとっての社会貢献
佐々木 義夫
 初めまして、昨年11月に入会しました佐々木です。何か具体的に社会貢献という意味で、お役にたてる事はないかと思って入会した次第です。
 今年度で50歳になります。私が社会貢献という事を考え始めたのは、1つは、日本人男性の平均寿命からすると、もう人生の3分の2を生きて来たので、今まであたりまえだったライフスタイルとは違った生き方をしてみたいという事。もう1つは5年前大きな病気をしましたが、色々な人の援助があって今の自分があるという事からです。「これからは人に社会に援助する活動を行いたい」これが今の私の思いです。

私の寺子屋
鴇澤 武彦
 最近は昔のことを思い出す。 終戦を私は旧満州の地で迎えた。片道40分の日本人学校は、当然閉鎖になり、少年達は毎日、朝からブラブラしていた。
 半年経ってから満鉄社員の中で教師経験のある人たちが先生になり、工場の倉庫の中で、墨で塗りつぶした文部省の教科書を基に授業が始まった。1〜2年生、3〜4年生、5〜6年生の3クラス。
 国民学校3年の私は4年生と机を並べた。約半年続いて日本へ引き揚げたのが1946年11月。
 この寺子屋のお陰で、正規の教育が1年3ヶ月抜けていたにもかかわらず、帰国後すんなり編入することが出来た。この経験も私のユネスコ活動につながっている。

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