「日光の社寺」世界遺産登録に関する工藤父母道氏へのインタビュー
先日の9月25日と10月30日の2度にわたり、日光において「世界遺産を語
る〜その重要性と危機について〜」の題名で講演を下さった工藤父母道氏に、「日光
の社寺」の世界遺産登録に関連した下記のいくつかの質問に対して、専門家としての
立場から答えて頂きました(編集: 日光ユネスコ協会)。
質問1:「日光の社寺」の世界遺産登録で、何がどのように変わりますか?
世界遺産に登録されるということは、「日光の社寺」が地元や日本の遺産としてだ
けではなく、人類全体の共有遺産になるということです。言い換えれば、それは将来
にわたり「日光の社寺」を守ってゆくことを世界に対して約束することでもありま
す。周辺を含め、世界遺産にふさわしい有り様が地元に対して常に求められるわけで
す。当然のことながら、適切な保護管理がなされているか、国際的にも注視されま
す。
登録の社会的な波及効果については後述します。
質問2:世界遺産登録を目前にした地元日光の現状を、社寺を含めてどうご覧になり
ますか?
(1)建造物の保護
「日光の社寺」の建造物群の保護に関しては、二社一寺が自前で修復の技術者を抱
え、後進の育成も行っていると伺いました。それは文化遺産を守る上で非常に大事な
ことですし、世界遺産として審査される上で高く評価されることでしょう。
ところで二社一寺は、いったい何のために存在しているのでしょうか。登録を機に
改めて両宮司や門跡が、特に若い世代にその存在意義を是非直接語りかける機会を
作って頂きたいものです。東照宮の例を取れば、陽明門の上部に見られる遊ぶ子供た
ちの彫刻や、奥社参道の入口にあるかの有名な眠り猫とその裏側で遊ぶ雀の彫刻がな
ぜ作られたのでしょうか。これらの点を考えると、日光東照宮が一面では平和を希求
する象徴としての宗教建造物群の意味を持つように思われます。登録理由の骨格をな
す、昨年12月に「日光の社寺」の現地調査を行った国際記念物遺跡会議(ICOM
OS)の専門的評価も加えて、今まで以上に二社一寺の存在理由の啓発に取り組んで
頂きたいと思います。
(2)自然環境への視点
世界遺産としての「日光の社寺」に対する一般の認識が、建造物のみに止まってい
るのが気になります。いかなる文化遺産であろうとも、それを生みだし支える周囲の
自然と切り離しては存在し得ません。ことに「日光の社寺」の場合は、古代からの山
岳信仰の地であることが世界遺産への推薦理由のひとつになっており、建造物群と自
然の調和が重要な文化的景観をなしています。それだけに、男体山をはじめ女峰山や
太郎山など日光連山が、一体のものとしてバッファーゾーン(遺産を補完し守るため
の緩衝地帯)に含まれていないことは残念に思います。いずれにせよ、二社一寺の建
造物の修復さえ行っていれば保護活動は十分だと考えるのは誤りで、周囲の自然環境
全体を最良の状態に保つ努力も併せて必要だと思います。
(3)聖地としての「日光の社寺」
前述の通り「日光の社寺」は山岳信仰の地であるはずなのですが、残念ながら訪れ
る観光客も、送り込む旅行業者も、迎える観光業者もそうした意識が薄く、普通の行
楽地と同じような認識のように見受けられます。山内を走り回る一般車やスピーカー
の騒音、国道沿いのものを含め、度を超した土産物の看板やのぼりの類など、これが
信仰の地であるとはとうてい思えない光景が当たり前のものとなっています。多くの
観光客はこうした山内の駐車場に大型バスや乗用車等で乗りつけ、あたかもテーマ
パークを見物するかのように有名な建物だけをぐるりと回って帰ってゆきます。宗教
施設に接していながら、現状では厳粛な気持ちになれる空間や機会が非常に少ないの
は残念なことです。
例えば、今市から杉並木を歩いて日光に至り、小倉山森林公園あたりから市街地や
二社一寺のある恒例山、そして日光連山を俯瞰しながら二社一寺と日光連山の意味合
いをじっくり考え、それから山内に入るといった案内などもあってよいのではと思い
ます。二社一寺のまわりには、何度もゆっくり訪ねてみたいと思わせるような魅力的
な空間が、実はたくさんあるのですから、そうしたものを併せて紹介し、できるだけ
人を分散させるような仕組みづくりがなされるよう望みます。山岳信仰に最も関係が
深く、まさに二社一寺の原点ともいうべき本宮神社、四本竜寺、滝尾神社などは、な
ぜか「もう一つの日光」という別の扱いを受け、紹介があまりなされていないのも残
念です。
「日光の社寺」はただの行楽地ではなく、多くの参拝者や行者が敬虔な気持ちで訪
れる信仰の地でもあるのですから、それにふさわしい有り様となるよう努力しなけれ
ばならないと思います。
質問3: ユネスコ世界遺産登録で観光客は増えますか?
登録後は、好むと好まざるとにかかわらず、結果として数多くの観光客が大型バス
や乗用車等で押し寄せ、数年はそうした状態が続くでしょう。早急に、地元できちん
とした受け入れ態勢を組まなければ、違法駐車、ゴミや騒音の問題など、市民生活に
直接・間接に様々な弊害が起こりうる可能性があります。県や市、当該施設が、世界
遺産登録の推薦に際し、これを望んだということは、一方で予見されるこうした様々
な問題にきちんと取り組む義務をも負ったということでもあります。
現在のような不十分な受け入れ体勢のままで日光に観光客が押し寄せれば、市街地
や山内に車があふれ、交通渋滞が今以上に悪化するでしょう。そうしたしわ寄せの全
てが、地元自治体の担当者のみに及ばぬよう、当該関係者や市民、日光ユネスコ協会
など皆さんのサポートが必要です。登録前や後のケアについても、県や国が果たすべ
き役割は、もっと多いはずです。
質問4: 世界遺産を預かるにあたり、我々地元住民は具体的に何をしたらよいです
か?
(1)観光客対策
起こりうるであろう様々な問題を最小限に食い止められるよう、地元は真剣に考え
るべきだと思います。遺産地域の地図などと共に、世界遺産としての重要性(ICO
MOSによる専門的な評価内容)や日光を訪れる際に気をつけてもらいたい注意事項
などが掲載されたパンフレットなどを作成し、国連公用語やアジアの主要言語による
外国人向けの版も準備して駅や駐車場で配布すれば、観光客の側でもかなり気をつけ
てくれるはずです。また既におられる山内の案内人に対しては、あらためて世界遺産
としての意味合い、重要性などを再教育する必要もあるでしょう。
(2)世界に目を向けよう
これまでの動きを見た限りでは、二社一寺の宣伝や町おこしなど、残念ながら地元
のことしか目が行っていないようです。世界には582の世界遺産が存在し、とりわ
け途上国の遺産の多くが様々な危機を抱え苦しんでおります。そもそも世界遺産と
は、こうした遺産の保全や修復に財政的にも技術的にも対応できない国々を、国境を
超え国際協力によって手助けしてゆこうという目的でつくられたものなのです。私自
身も身の丈に応じたやり方で、世界各地でこれまで市民レベルの様々な支援を行って
きましたが、日本では世界遺産を商業目的や国際的な権威付として利用する面のみが
先行しており、いささか異常な姿です。
「日光の社寺」の世界遺産登録による地元への経済効果ばかりを期待するのではな
く、世界各地の遺産の保全にも是非とも目を向けてもらいたい。先日の講演会では、
主催者の日光ユネスコ協会の皆さんが世界遺産基金への募金を呼びかけていたよう
に、地元の世界遺産だけでなく、是非とも危機に陥っている世界の遺産の保全や修復
にも関心を寄せて頂きたいとものと思います。わが身の幸せばかりでなく、周りの幸
せに目を配れるような姿勢を持ちたいものです。
質問5: 今市市では杉並木の追加登録に向けた動きがありますが、実際にその可能
性はありますか?
先日私は杉並木のある区間を実際に歩いてみましたが、その素晴らしさには実に心
を打たれました。もしこの杉並木が江戸時代と同様の状態できちんと保存されていた
とすれば、スペインの巡礼路のように、単独でも世界遺産になり得る可能性はあった
でしょう。しかしながら、現状のままでは十分に保護されているとはとても言い難
く、世界遺産登録は難しいと思います。世界遺産に登録されるには、選定基準のいず
れかに合致している、そして自国の法律や行政的仕組みできちんと人類の共有遺産に
ふさわしい保護管理がなされているかが、まず問われます。確かに樹木医による治療
や道路の状態改善、部分的なバイパス工事など応急処置的な対策は進行中と聞いてい
ますが、もしも登録を真剣に考えるのならば、世界遺産の選定基準にまず合致するよ
うな努力が必要だと思います。途切れている杉並木に苗木を植え、残されている杉並
木から車を完全に締め出し、アスファルトをはがして歩道だけとし、歩けない人のた
めには駕籠を復活させるなど、その素晴らしさに直に触れられるよう徹底的な努力が
必要です。杉並木が、当時の状態に近づくまで復元されて初めて、「日光の社寺」と
一体をなすものとして、世界遺産の追加登録の検討対象になり得るのだと思います。
しかし、たとえどれだけ時間がかかっても、かつての杉並木の復活に挑戦するだけの
価値は十分にあると思います。
質問6: 最後に我々広域日光の地元民に対して一言お願いします
「日光の社寺」の世界遺産登録の可否が決定するまで、あと1ヶ月を切りました。
登録は終点ではなく出発点です。地元民の皆さんは登録によって、最善の状態で「日
光の社寺」を守るという重大な責任を負うことになるので、喜んでばかりはいられま
せん。日本国内ではすでに9ヵ所で世界遺産登録がなされていますが、私が見る限り
残念ながら世界遺産にふさわしい姿となっている遺産は少ないです。今後の日光の皆
さんの取り組みが国内はもとより国外の他の世界遺産の模範となるよう、是非ともが
んばって頂きたいと思います。
そして、ぜひ理解して頂きたいのは、世界遺産に登録された遺産だけが重要なので
はないということです。どんなささやかな文化財であれ、身近な自然であれ、それは
等しく人類全体の共有遺産なのだという新しい認識を持って頂きたいということで
す。
世界遺産は私たちの住む地球が、いかに多様な自然環境や文化、多重な歴史によっ
て成り立っているかを私たちに示しています。なぜそれらを認識することが重要なの
か。人間は、多様な自然資源なしには文明を維持し得ないばかりか、生きていくこと
すらできないからです。そして文化の多様性や歴史の多重性を認識し、尊重し合わな
い限り、私たちの住む地球に平和が決して訪れません。「日光の社寺」は、この国の
平和と安寧を願って造られたものです。世界遺産登録を機に、「日光の社寺」の精神
を通して、あらためて世界の平和に皆さんの思いが至ることを願ってやみません。