―「大阪を活気にあふれ、魅力ある楽しい街に」―
大阪を愛し、大阪の繁栄を目指す私の大阪文化活動再生の目的の一つであり、2001年、大阪ユネスコ協会の会長に就任以来、一層強くなった私の大阪街づくりの理念です。
文化の香り高い、楽しい国際都市OSAKAに〜。ビジネス街だった御堂筋におしゃれなブティックやカフェが次々オープン。現在、歩いて楽しい遊歩道への転換が実現しつつあります。この情景を私はフランス・パリのシャンゼリゼ大通りに写して、その早期実現を夢見ている次第です。
―宜を得て有意義だったパリ・ユネスコ本部訪問と
ブダペスト「エリザベート橋ライトアップ祝典」行事参観―
2009年11月17日、日本・ハンガリー国交樹立140周年、大戦後国交回復50周年を記念して、同国首都ブダペスト市内を流れるドナウ川に架かる「エリザベート橋」点灯祝賀国家行事に、関西ハンガリー交流協会・大阪ユネスコ協会会員代表の方々が参列されたのを機会に、19日、一行はパリのユネスコ本部を訪問・見学されました。同年11月は、ユネスコ事務局長の任期満了のため、松浦晃一郎・前事務局長、イリナ・ボコバ新事務局長ともに不在でしたが、私が訪問団に託した「メッセージ」は事務局長秘書のかたに預かってもらったそうです。
パリ・ユネスコ本部訪問・見学のご報告が、新事務局長からのメッセージ披露とともに、本年の新年会の席上行われ、私の何度かのパリ訪問の想い出とともに懐かしく、興味深く聞かせていただきました。 訪問団のみなさんも、パリのシャンゼリゼ大通りを印象深く散策されたことでしょう。皆さんの旅行報告を聞かせていただいて、私の「文化の香り高い、楽しい国際都市OSAKA」構想は、実現化に一歩近付いたと感じています。
戦後、アジアでは1970年の「大阪万博」に次ぐ大規模な万国博覧会が今年、中国の上海市で開かれました。
その「上海万博」が10月末で盛会裡に幕を降ろしました。
「大阪万博」の入場者6400万人を越えることが中国にとっての一つの目標でありましたが、入場者7300万人を記録したことはご同慶の至りです。私も二度足を運びましたが、人気館は大変な行列で、中国館やサウジアラビア館、日本産業館などは、遂に見ることができませんでした。
UNESCO運動はご存じのとおり、戦争の要因の多くは貧困と無知と宗教文化の違いから起こるということで、第二次大戦後、国際連合 UN の下に教育の普及、科学技術の発展、文化の交流と相互理解に寄与することを目的に始まったものです。 その面から云うと、中国は教育水準、科学技術の発展に関しては急速な進歩で先進国と肩を並べるまでになりましたが、日本と中国との文化の相互理解、交流という点ではこれからの課題だと思います。