



ユネスコは教育と科学と文化で国際協力を進め、
国家間の相互理解を図って、世界平和と人
類共通の福祉を実現しようと設立された国連の
専門機関です。「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、
人の心の中に平和の砦を築かなければならない。」 これはユネスコ憲章の前文の有名な言葉です。
私たち民間ユネスコ活動は、1947年7月、日本(仙台)で産声を上げ、世界に広がって行きました。ユネスコの主要な活動は
「世界寺子屋運動」です。学校にも行けず、文字を読み書きできない人が世界では5人に1人だそうです。それらの人々に、
学校に行き、文字を書いたり、読んだり出来るように協力しています。
ユネスコ活動に携わる私たちとしては、特に青少年の皆さんにユネスコ精神の普及・啓発を願っています。
皆さんが今回、ユネスコについて学習して頂いたことを大変うれしく思います。これからも皆さんにユネスコ活動への参加、
協力お願いしてお礼の言葉と致します。

富岡市立富岡小学校6年 横尾 友紀
私は、小学校2年生から4年生までの3年間、ユネスコ少年少女合唱団に入りました。今回こ
の作文の募集をみたときに私が入っていた合唱団と同じものなのかなと思い、調べてみること
にしました。
ユネスコは、正式には「国際連合教育科学文化機関」と言います。内容は教育、科学、文化
の面で国際協力を進めながら、世界の平和を実現していく機関です。
1945年、第2次世界大戦での広島、長崎、アウシュビッツなどに象徴される悲劇を二度と引
き起こさないようにとの願いをこめてそう設されました。
私はこんなすごい団体に関わっていたのかととても驚きました.
そしてどのような関わりがあったのか考えてみました。
まず、かぶらの里どうよう祭などでたくさんの人に私たちの歌声を聞いていただきました。
そして国際理解バスでは、カンボジア大使館を訪問し、カンボジアの国の人々の暮らしの様子
や考え方などを教わりました。そしてお礼に私たちの歌声を聞いていただきました。 外国の
少年少女合唱団の公演に参加し、一緒に歌を歌ったときには、本当に歌には国境はないと思い
ました。
終了後の交流会では、身ぶり手ぶりで話をしたり、サインをもらったりしました。
このときは本当に、「ああ 私は国際人だなあ」なんて思いました。
その他に他の学校の人たちや団体、文化祭などでも合唱をしました。
ユネスコの役目はお互いの無知、へん見をなくし、国や民族をこえて、人々が協力することを
学び、人々の友情と連帯心を育てながら共に生きる平和な地球社会を作っていくことです。
私はこのことをユネスコ少年少女合唱団を通して経験することができました。私たち一人ひと
りの力ではまだ世界平和を祈り、国際社会に関わっていくことはできません。
しかし、このような団体が、身近にあるということはとても素晴らしいことだと思います。
このような団体を通して少しずつ国際社会に触れて21世紀は、世界全体が一つの家族のよう
に平和な世界がおとずれるのが私の願いです。


富岡市立黒岩小学校6年 小河原 峻
ユネスコとは「国連教育科学文化機関」という国連専門機関の一つです。教育・科学・コミュ
ニケーション・文化の四分野を通じて活動を行っています。1946年、第2次世界大戦への
反省にたち二度と人類が同じあやまちをおかさないよう、平和を求める人々に心の灯をともせ
るようにという願いを込め、ユネスコを創設しました。
ユネスコの本部はパリにある政府間機関ですが、ユネスコ憲章には「政府だけの取り決め
で は,永続する平和は築けない。人々の連帯の上にこそ築かなければならない。」ということ
がうたわれています。
ユネスコの主な活動・業務は教育の普及・世界遺産の保存・平和への貢献などがありますが、
これらはそう簡単なことではありません。
とくに世界遺産の保存は、並大抵のことではありません。世界遺産の数は世界中になんと
630(文化遺産480・自然遺産128・複合遺産22)もあります。
日本の世界遺産は、自然遺産2つ、文化遺産39あります。世界遺産条約締結国数は160
カ国。その中の日本は、280のユネスコ協会があり、世界で最もたくさん協会があるので安心
ですが、世界中の遺産を守り保存するとなると、世界の国中で協力しないと、あっというまにな
くなってしまうでしょう。
それでもユネスコはがんばって遺産を守っています。
その他の活動を、日本を例に取ってみると、国際理解のための英会話教室や各国を紹介す
る会などの口座があり、国際交流を深めています。
平和への貢献の面では、募金活動やユネスコ音楽団の活動によりできたお金を恵まれない
国の子供たちに送ることもしています。
僕が初めてユネスコと聞いたときは、まっ先に合唱団が浮かびましたが、調べていく内に、
本当に世界の人が平和を心から願っているんだなと感じました。
そこで僕たちにも出来るユネスコの運動について、いくつか考えてみることにします。
まず一つめは募金をすること。二つめは、ユネスコ音楽団に入ること。音楽が好きな人には
うってつけです。ユネスコ音楽団はコンサートを開いて出来たお金を恵まれない人たちや世界
遺産の保護にあてています。
三つめは、ユネス協会に入ること。協会に入ったら一人一人が世界の中心となって世界のた
めにつくします。がんばれユネスコ!
このように身近には、世界の役に立てることもあります。だれでも平和を求める心を持ってい
ます。ですから、ちょっとだけ世界の役に立ってみませんか。


富岡市立高瀬小学校6年 神戸 真実
私の入っている富岡ユネスコ少年少女合唱団では、いろいろな歌を練習しています。先生は
三人です。毎週土曜日に富岡公民館や生涯学習センターに集まって2時間ほど練習します。
合唱団のメンバーは、富岡市内だけでなく、甘楽町など近くの町の小中学校から集まってき
ます。今は30人くらいです。
ユネスコ合唱団の、2年に一度の大きな楽しみは、「国際理解バス」への参加です。1泊2日
で東京に行き世界の国々から日本に来ている研修生たちといっしょに食事をしたり、研修生た
ちの部屋を見学させてもらったりします。
また、いろいろな国の大使館を訪問し、その国のことを教えてもらったり、生活の違いを聞か
せてもらったりします。この行事を通して世界の様々な国のことを知ることができます。
今年はベトナム大使館に行きました。ベトナムから日本にたくさん勉強に来ている人がいるこ
とを知りました。
また、海外青年協力隊の研修センターに行って、実際に外国に行っていた人の話も聞くこと
が出来ました。日本から外国へ行き、現地の人に技術や勉強を教えたり、いっしょに仕事をして
いる人がたくさんいることを知りました。青年海外協力隊の人たちは、海外の人たちのために、
自分から進んでろいろ知ることが出来て、よい思い出になりました。
ユネスコ合唱団では、国際理解バスの他にもいろいろな楽しいことがあります。
今年は、富岡製糸工場でのシルクデーのもよおしで、本物の結婚式をして、そくで賛美歌を
歌いました。かぶた文化ホールや生涯学習センターのステージには、何度も出て歌うことがあり
ます。とても緊張します。だけど、緊張して歌ったあとは、スカッとして気持ちいいです。
特に、かぶら文化ホールでやるとき、緊張は大きくなります。とても大きなホールだからです。
合唱だけでなく、ミュージカルもします。最近は「カルメン」や「サウンド
オブ ミュージック」をしま
した。お化粧をして衣装を着て、いつもはそんなことできないのでとてもうれしかったです。
私は、ユネスコ合唱団に3年生の時に入りました。ユネスコのことは全然知らず、ただ合唱が
好きだから入ったのですが、入ってからの行事で外国のことや世界のこと少しわかって来まし
た。他の学校の学校の友達もたくさん出来て、とても楽しいです。毎週2時間だけでは、さびし
い時もあります。 こんな良いユネスコ合唱団に入れて良かったです。
中学校に入ったら、部活など忙しくなって、合唱団の活動は出来なくなるかも知れません。残り
の半年をがんばり、少しでもうまく歌えるように練習し、友達と仲良くして、思い出を増やしていき
たいです。


富岡市立額部小学校6年 黒澤 理沙
ユネスコは、人々の平和のためにあると思う。それは、基本的、自由を、この地球全部に
永久に残すためだと思う。昔は、戦争をしていた時代が多かった。
でも、1945年、昭和20年の4月にユネスコが設立された。そしたらみるみるうちに、
ユネスコは地球全部に広がった。そしたら、戦争後の日本などは平和になった。道が出来、
家も出来、そして日本は住み良いところになった。
そして今、西暦2000年になって、もっと住み良い場所になるといいと思う。昔の人のこと
を思うと、昔はユネスコがなくて、心配でたまらない日々を送っていたのだと思う。昔は勉強も
できなくて、子供も自分で自分のことを守ったり、親を亡くした子供も、一人で、生きていくしか
なかったり、親も、子供を失ってしまった人もいる。その人は、一人でさびしく暮らすしかない
けれど、幸せに生きてほしいと思う。
でも、今は事件ばっかり起きている。17歳などの事件、しして爆発などの事もおきている。
なので、今私はこの地球が平和でなく、自由でもないと思う。 そして家族などの絆も少し
ずつ弱まっている気がする。
わたしは、ユネスコの輪がどんどん広がって平和な地球になってほしいと思う。


富岡市立小野小学校6年 金井 桂祐
UNESCOは、国際連合の専門機関であり、教育・科学・文化の面で国際協力を進めながら、
世界の平和を実現していく機関です。正式には「国際連合教育科学文化機関」と言います。
日本は1951年7月に第60番目の加盟国として加盟しました。現在加盟国は188カ国です。
ユネスコの目的は、諸民族の教育、科学、文化の協力と交流を通じた国際平和と人類の
福祉の促進をすることです。教育の面では、「万人のための 生涯教育」非識字問題の解決
や生涯教育に向けた教育制度の改革などです。
科学の面では、「開発に役立つ科学」です。これは、科学的知識の普及や環境科学の諸
事業等の、環境や社会・経済の発展に関する科学の推進です。
文化の面では、「文化発展−遺産と創造性」世界の文化及び自然遺産の保存・保護活動
の推進、無形文化財(伝統音楽、芸能など)の保存などです。
コミュニケーションの面では、「情報及びインフォマティクス」情報の自由な流通、新たな
情報技術への平等なアクセスの促進、マスメディアや新たな情報技術をもたらす社会的、
倫理的影響についての調査研究の実施等です。
また、それぞれの活動には主に次の四つの機能があります。
・「知的フォーラム」の役割(委員会報告、国際会議)
・国際的な規範の設定(条約、勧告、宣言)
・知識の増進、移転、共有の促進(調査、研究、研修、情報収集提供)
・開発協力(プロジェクトの専門的な助言、技術協力)
誰にでも身近に出来る国際協力の方法として、世界寺子屋運動支援「書き損じはがき」の
回収をしています。書き損じはがきとは、古くなったり、書き間違えたりして出さなかった手紙
のことです。回収されたはがきは、次のような方法でお金にかえられて、世界の子供たちの役
に立てられています。
官製はがき→郵便局で切手→お金
例えば、はがき1枚で、ネパールでは、ノート4冊、えんぴつ4本が手に入ります。
カンボジアでは、鉛筆10本が手に入ります。
ぼくは、ユネスコというと、合唱団があることぐらいしか知らなかったのに、いろいろ調べて
みると、こんなにたくさんの事業をしていることがわかりました。ぼくも、書き損じはがき等の
回収を積極的にやりたいと思います。


富岡市立吉田小学校6年 神戸真由美
「ユネスコってなんだろう?」 私は、先生から「ユネスコ」という言葉を聞いたとき、そう思い
ました。でも、調べていくうちに、いろいろなことがわかり、とてもおどろきました。私がはじめ
に調べたことは、「ユネスコとは?」ということです。
ユネスコは、1945年「二度と戦争をおこしてはいけない」という第二次世界大戦への強い
反省から生まれました。
ユネスコの役目は、お互いの無知やへんけんをなくし、国や民族を越えて人々が協力するこ
とを学び、人々の友情と連帯心を育てながら、共に生きる平和な地球社会を作っていくことです。
1945年11月、国際連合の専門きかんとして発足したユネスコ、第一次世界大戦後、国際
連盟の「知的協力委員会」の活動に限界があったことと、なによりも2600万人以上のぎせい
者をうみ、広島、長崎とアウシュビッツなどにしょうちょうされるひげきをひきおこした第二次大
戦への反省にたち、二度と人があやまちをおこさないようにとねがいをこめて創設されました。
私は、調べているうちに自分に出来ることはないかと思い始めました。
そこで私は、「書き損じはがき回収キャンペーン」というのをみつけました。はじめに「書き
そんじはがき」を郵便局で切手にかえそれをお金にするものでした。
調べてみると、1まいの書きそんじはがきで、ネパールでは、ノート4さつとえんぴつ4本、
インドでは、本が4さつ、カンボジアでは、えんぴつが10本も買えるそうです。
私は、ユネスコについて調べてみて、私たちの書き損じはがき、たった1まいでもこんなに
多くのものが買えて人の役に立てるということがわかり、うれしくなりました。
集まったお金は、どんなふうに使われているのかな?と思い、ほかのページも調べてみま
した。
するとベトナムでは、識字の授業やミシンを学んだりすることに、ネパールでは、農業につ
いての学習会やはたおり教室など、おもに生活に必要な勉強を身につけtるためのお金
として使われていました。そして、ただ助けてもらっているだけではなく、自分たちでもニワトリ
などを飼育し、そのニワトリがうんだ卵を売って、勉強に必要なお金にあてているということも
わかりました。
この国のように自分たちが出来る限りのことをして、勉強をするということは「すごいな」と思
いました。
私は、まだじゅうぶんに勉強ができない国の子どもたちもいますが、早く平和で安心してくら
せる地球になってほしいと思います。


富岡市立丹生小学校6年 北嶋 菜緒
私は、ユネスコという言葉を知りませんでした。だから、図書館に行って調べてみました。
そして次のような言葉が載っていました。
1.心の中に平和の守りを固めよう。
2.すべての人間の尊厳を重んじよう。
3.教育、科学、文化の発展に努めよう。
4.民族間の疑惑と不信を除こう。
5.世界を友愛と信頼のきずなで結ぼう。
とてもいい言葉が書いてありました。
次に、ユネスコの設立について調べてみました。 国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)
を生み出した直接の背景は、一般市民を含む2600万もの尊い人命を失わせた第2次世界
大戦です。
そして、二度と再びこのような戦争の悲惨さを繰り返したくないという人間の英知が、ユネスコ
を生み出したといえます。
昭和17年(1942)10月、ナチスドイツにより、ヨーロッパ本国からイギリスに亡命中の各
国政府の文部大臣は、イギリス政府の提唱のもとにロンドンに集まり、戦争によって荒廃した
教育復興についての情報交換と研究を行うため、連合国文部大臣会議を開きました。
以来、会議を重ねるごとに参加国は次第に増加して、イギリスはじめベルギー、チェコスロ
バキア、フランス、ギリシャ、ルクセンブルグ、オランダ、ノールウエー、ポーランド、ユーゴスラ
ビアなどが参加し、翌18年には、中国、アメリカ、ソ連、イギリス自治領およびインド等も代表
を派遣するようになりました。
続いて20年(1945年)6月26日には、「サンフランシスコ会議」(国際機関創設のための
会議)で、50カ国の代表により、「国際連合憲章」が採択されました。11月16日、最終審議書
を採択し、会議に参加していた国連加盟国4カ国の署名がなされました。
次に、本県ユネスコ活動の今後の課題を調べました。
そこには、前文に「戦争は、人の心の中に生まれるものであるから、人の心の中に平和の
とりでを築かなければならない」とあり、さらに「平和は、人類の知的及び精神的連帯の上に築
かれねばならない。」と出ていました。
この作文を通して、現代の複雑な社会の中で、来るべき21世紀を築こうとするユネスコ会員
にとって、ユネスコ活動は困難ではあるが、また、進んで当たる価値のある仕事だなと思いました。


富岡市立東中学校 1年 田島 由貴
私は、富岡ユネスコ少年少女合唱団に入っています。普段は、歌の練習をしたり、童謡祭や
文化祭に出演したりしています。
でも、2年に一度、国際理解バスという勉強会があって、東京にいろいろな勉強に行きます。
今年は、国際研修センター、ベトナム大使館、青年海外協力隊に行きました。
国際研修センターには、開発途上国からの研修生がたくさんいました。その人たちと交流会
をしました。どの国の人も明るく陽気な人でした。
ケニアの人に 「ジャンボ」 と言ったら、 「ジャンボ」と返ってきました。
「ジャンボ」というのは、ケニアのあいさつで、言えば必ず返ってくるそうです。私は、「ジャンボ」
が返ってきたときすごくうれしかったです。
ベトナム大使館では、しどろもどろだけれど、一生懸命な日本語で、ベトナムのことを教えて
くれました。
ベトナムの地理、食べ物、遊びなど。あまり知らない国だったけれど、行ってみたいなと思い
ました。
青年海外協力隊では、実際に開発途上国に行って、自分の得意なことを教えてきた人の体験
談を聞きました。二つのグループに分かれて、それぞれ別の話を聞きました。私は、ペルーに行
って、水泳を教えてきた人の話を聞きました。
中でも、アンデス山脈に 住んでいる人たちは、市場のあるたびに、山から4時間かけて下りて
きて、4時間かけて返ることを聞いたときは、とてもびっくりしました。
ほかにも、いろいろな体験談を聞いたけれど一番心に残っているのは、「先進国である日本の
子どもより、開発途上国の子どもの方が目が輝いている。」ということでした。
日本の子どもの方が幸福なはずなのに、途上国の子どもの方が幸せそうな顔をしているという
のです。グサッときました。
私も、「自分が幸福だ。」とはおもっていなかったからです。
私は、ユネスコ合唱団に入って良かったと思います。なぜなら、みんなの知らないいろんな事
を、知ることが出来るからです。歌もうまくなるし、なにより海外のことを知ることが出来る。
こんな一石二鳥な事はありません。ユネスコで体験した様々なことを、これからの生活に生かし
ていきたいです。
合唱団だより 3月号
富岡ユネスコ少年少女合唱団