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【お知らせ】 座談会を行いました!「ユネスコスクールとの出会い」

みなさん、ユネスコスクールって、ご存知ですか?
現在、日本には550校のユネスコスクールがあります。ユネスコスクールでは、平和な未来社会を構築するための人材育成に取り組んでいます。全国のユネスコ協会では、ユネスコスクールと一緒に、将来の明るい日本の展望を開く社会作りを目指しています。

今回は、ユネスコ協会がどのようにユネスコスクールと出会い、地域で連携してきたか、座談会形式でお話を伺いました。ぜひ、ご一読下さい。

※「ユネスコスクール」とは
「ユネスコスクール」とは、「持続発展教育(ESD)」の国連における主導機関であるUNESCOが、ESDを実践していると認定した学校による、世界の学校間ネットワークです。日本では、文部科学省/日本ユネスコ国内委員会の主導のもと、ユネスコスクールを国内のESDの推進拠点と位置づけ、2008年以降加盟が促進され、2013年1月現在、550校の幼稚園から大学が加盟しています。世界180カ国で約9,000 校が加盟しています。

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司会:寺尾明人(日本ユネスコ協会連盟事務局、以下:寺尾)
本日のテーマは「ユネスコスクールとの出会い」です。文部科学省の政策により、2008年からユネスコスクールという学校が急に増え始めました。現在、全国で550校がユネスコスクールに加盟し、まもなく581校になる予定です。おそらく年間100校を上回るペースで増えていますので、2014年のESDの最終年会合の段階では800前後になっているだろうと思われます。単純に1校生徒平均300人としますと、現在16万人くらいの子どもたちがユネスコスクールで学んでいると思われます。日本ユネスコ協会連盟の会員が1万6000人ですから、その10倍の数です。このような状況にあって、地域でユネスコ活動を推進してきたユネスコ協会には、ユネスコスクールとの出会いをどう理解し、どう関係をつくっていったらよいか戸惑いが生じています。
 そこで今日は、実態がよくわからなかった時期から、ユネスコスクールの普及に積極的に取り組んでこられたユネスコ協会の皆さんにお集まりいただきました。この座談会では、ユネスコスクールとの関係づくりについて、皆さんの経験を本音で語っていただきたいと思います。まずはユネスコスクールとの出会いについて、いまお持ちの感想をズバリ伺います。よかったらよかった理由、よくなければその理由を簡潔にお聞かせください。

 

出席者:岡本博幸(千葉県ユネスコ協会連絡協議会 副会長。以下、岡本) 
zadankai2_0328.jpg千葉県で最初にユネスコスクール研究会が開かれたのは、2009年12月です。そのとき私が責任者を務め、それがユネスコスクールとの出会いとなりました。以前から総合学習の中で国際理解教育などはありました。でも、どう進めていいのか、いまひとつはっきりしていなかった。でも、ユネスコスクールなら、UNESCOの目指す世界平和を前面に出せば、子どもたちに理解してもらえるかもしれない。そう思ったのが、ユネスコスクールと関わるようになった動機の1点目です。2点目は、中国の天津にある日本人学校の校長を3年間務めた経験があります。中国と日本の場合はいろんな問題がありましたから、お互いにもっと仲よくしなければいけないと実感したのです。日本人は中国人をもっとよく理解し、中国人は日本人を理解してほしい。そういう相互理解、国際理解を進めるには、ユネスコ活動がいちばんではないかなと思いました。中国で過ごした3年間が、いま大きく根づいていると感じます。このふたつが、ユネスコスクールへと私を動かす大きなマグマではないかと思っています。
 私は、ただ教育委員会にお願いするのではなく、ユネスコ協会の会員が1校1校訪ねて行って、ユネスコスクールについて説明し、平和教育の大切さを伝えるのが大事だと思っています。

 

出席者:相良憲昭(目黒ユネスコ協会会長。以下、相良)
よかった、悪かった、というレベルでは考えられないものがありますね。つまり、いまやユネスコスクールの存在抜きに、日本の民間ユネスコ運動の将来はないと思うのです。目黒区では現在1校だけですが、我々目黒ユネスコ協会は、その1校である目黒区立五本木小学校に間借りして活動しています。気仙沼のように全市あげてユネスコスクールを推進しているところもあります。最近では多摩市もそうですね。将来はすべての公立学校がユネスコスクールに登録されるよう、頑張っていきたいと思っています。

 

出席者:橘内忠成(成田ユネスコ協会会長。以下、橘内) 
ユネスコスクールと関わって、非常によかったと思っています。ユネスコの普及のために、成田ユネスコ協会でもいろいろと働きかけをしてきましたが、ユネスコスクールができることによって、子どもたちは学校の中でユネスコ活動について学ぶことができる。これは、我々ユネスコ協会にとっても、大変大きな意味があると心躍る気持ちでいます。

 

出席者:須田洋光(高崎ユネスコ協会会長。以下、須田)
私は高崎ユネスコ協会ですが、高崎のユネスコスクールは1校のみです。民間ユネスコ運動が仙台で始まったという歴史的意義を考えると、国民ひとりひとりが世界の平和を築こうと、戦後すぐにユネスコ活動を始めたのは日本の誇りだと思います。ところが現在、平和の実現のために、民間ユネスコ運動は何をやるべきかという核が薄れてきました。そういう中で、持続発展教育=ESDの精神を進めることが、実は民間ユネスコ運動の大きな柱となり、ユネスコ自体の目的が広く理解されるのではないか。そこにユネスコスクールの意義を感じています。私は先日、学校を3校まわってきました。各ユネスコ協会が、そういう形でもっと耕していくことが大事ではないでしょうか。次世代へと平和の文化をつなげていくために、これからもたくさんの学校に話をしに行きたいと思います。

 

寺尾: 皆さん、それぞれの経験を踏まえて、ユネスコスクールの意義をお話しくださいました。ただ、全国のユネスコ協会には、どのように取り組んだらよいのか悩んでいらっしゃる会員がたくさんいらっしゃいます。そこで、ここから詳しく伺います。次の4点についてお話しください。1) なぜユネスコスクールの普及に取り組もうと考えたのか。2) そのために、どのような取り組み(努力)をされたのか。3) その結果、現状はどうなっているか。4) ユネスコ協会にとって、ユネスコスクールに取り組む場合の今後の課題は何か。よろしくお願いします。

岡本: 最初に県連の副会長の立場で少しお話をします。2年前、県連の代議員会で基本方針を述べたとき、千葉県に10校ユネスコスクールをつくろうと会員に呼びかけました。当時は市川に2校のみでしたので、まず会員がそれぞれ学校を訪ねよう、ということから始めました。私の場合は、かつて勤めた学校に行きました。「加入の仕方がわからない」という学校には、「手続きは我々がやってあげますよ」と。学校に押しつけるのではなく、とにかく一緒にやってみましょうということから始めました。ただし、何をやるのかというのがいちばん難しい問題でした。そこで、いままで気づかなかった地域のよさ、いま進めている国際理解教育、環境教育を、もう少し体系的に結びつけながらやってはどうかと。いま教育で実践していることは、即ユネスコ活動につながるんだ、ひいては平和を築く大事なプロセスになるんだと伝えました。さらに、平和を築く子どもたちを育てることが、これからの世界をつくることなんだとお話ししましたら、皆さん受け入れてくれました。これからの子どもたちが平和の担い手になる、ということを真剣に考えてもらうことが、大きな鍵になったかもしれません。

相良: 昨年、高松での全国大会に参加してショックだったのは、若い人たちの姿をほとんど見なかったことです。高齢化はいま、全国のユネスコ協会にとって大きな問題です。若い人たちの活動がなかなか続かない。望むらくは、小中高のユネスコスクールで学んだ子どもたちが、大学のユネスコクラブで活動をし、社会人になったら地域のユネスコ協会で活動するという形です。この3つの世代を通した活動主体に頼らなければ、日本の民間ユネスコ運動の将来は期待できないと思います。目黒ユネスコ協会では、たまたま青年たちが元気で、大学生が、自分たちのいる大学にユネスコクラブをつくろうという動きもあります。私たちは、大学のユネスコクラブを支援すると同時に、その前段階としてのユネスコスクールを広めていきたい。ユネスコスクール、ユネスコクラブ、ユネスコ協会の3つのつながりを、日ユ協連にも支援してほしいです。
「ユネスコスクールって何をやるの?」という疑問は、10年前のゆとり教育の学習指導要領で、総合的な学習の時間をもうけたときの疑問と同じです。そこには国際理解や環境、福祉などの項目がありました。それを実践する手段として、ユネスコスクールはうってつけです。教育委員会も、ユネスコスクールを利用したらいいと思います。総合的な学習の時間とユネスコスクール、そしてユネスコクラブ、ユネスコ協会を、民間ユネスコ運動の縦糸と横糸としてやっていきたいと思っています。

岡本: 今年、千葉市立白井小学校がユネスコスクールに入ったのですが、教育委員会が、ここをユネスコスクールの研究指定校にしました。教育委員会の対応も、当初と比べると変わってきましたね。

zadankai6_0328.jpg橘内: 12年前、学校巡りを始めたころは、ユネスコ活動について、なかなか皆にわかってもらえませんでした。でも毎年のように学校訪問をした結果、いまはもう理解が広がってきています。これからの社会を持続可能なものにしていくためには、学校での教育が重要です。そういう意味で、私はユネスコスクールの普及に取り組もうと考えました。2009年、千葉県でユネスコスクール研修会を開いてもらったとき、学校に呼びかけて、成田から6人の先生が参加されました。これがひとつのステップになったと思っています。でも、その後なかなか加盟申請に踏み出せない中、会員や学校に呼びかけて、成田地区と印旛地区で研修会を開きました。私も2度ばかり校長会に出て、ユネスコスクールについて話をさせてもらいました。その結果、成田市立玉造中学校が、千葉県の中学校ではユネスコスクール第1号となったのです。中学校は部活もあるし、時間がとれないせいか、その後増えませんが...。この2月に成田市立公津の杜小学校が申請してきましたが、パリ本部に出す書類(注)の英文化が大変ということで、これはユネスコ協会が支援しました。高校も1校が検討中で、どうやら近いうちに小中高がそろいそうです。今年中に成田市のユネスコスクールを5校に、というのが私の目標です。

須田: 群馬県にはいま、ユネスコスクールは前橋と高崎に1校ずつしかありません。県のユネスコ連絡協議会でも、教育委員会と「ユネスコ活動とユネスコスクール」で話し合いをお願いし、2月に実現しました。さらに先日、ユネスコスクールに加盟している高崎市立六郷小学校の授業を見せてもらいました。校長からはESDが伝わるような授業をするよう指示が出ており、校内にはユネスコの担当がきちんとありました。そういう見通しを持つ学校、心ある校長はいっぱいいます。このとき校長に、ユネスコスクールについて「実際のところどうでしたか」と尋ねたところ、「教師の価値観が変わった。子どもの世界観が広がった」という答えが返ってきました。我々も日ユ協連も、全国大会や各地のブロック研究会などで、もっとユネスコスクールの価値を発信したほうがいいと思います。やはり学校との連携が大事。教育委員会へも協力をお願いしたいと思います。藤岡地方ユネスコ協会では、教育委員会に話を通して、校長会、教頭会への説明と研修会を重ねた結果、今年度中に11小学校と5中学校、計16校が申請を目指しています。

寺尾: 皆さま、ありがとうございました。ユネスコスクールは、学習指導要領の中でも、持続可能な社会づくりの担い手を育てる、と位置づけられています。英語ではESDですね。文科省は持続発展教育といっていますが、これがわからないという人も多いのが現実です。ユネスコスクールが進める持続発展教育について、私たちはどのようにとらえればよいのでしょうか。

岡本: 最初からESDという言葉を出すのではなく、ユネスコスクールと持続発展教育が主体となって、それがESDなんだよ、というふうにしていくのがいいのではないでしょうか。

橘内: ESDには、環境問題だけでなく、人権、国際理解など、いろいろ入っています。でも、いまの地球環境を考えて、へたすると地球が持続不可能になるから、そのために持続可能な社会を構築していかなければならないのだ、と伝えると、案外わかりやすいのかもしれません。

zadankai3_0328.jpg相良: さきほどから国際理解教育という言葉が何度か出ていますが、UNESCOは1946年の第1回総会で、すでに国際理解教育という言葉を使っています。私たちにもなじみ深い言葉でしたが、何年か前からUNESCOはこの言葉を使わなくなりました。そして、いまは完全にESDに取って代わられました。国連大学では、一昨年から学位を出すようになったのですが、研究科の名前がsustainability & peaceなんです。だから、持続可能性(sustainability)という言葉は、学問や教育の分野ではもう一般的になっているのですね。
 それから、私は橘内先生とは違う意見なのですが、ESDというと「環境教育か」と皆がとらえた時期がありました。でも、ヨハネスブルグのサミットで提唱されたESDは、地球全体の持続可能性を確保するために何が必要かということで、環境だけではないんですね。人権もそうだし、人口問題、食料問題もそう。だから、ESDはひとつの側面だけでなく、多面体というか、いろんな意味を持つ活動でなければいけないと思います。
 もうひとつ、お伝えしたいことがあるのですが、ユネスコスクールはネットワークだということです。単体の活動だけでなく、ユネスコスクール全体がネットワークの中で動いていくべきだ、というのが本来の趣旨だったと思います。目黒は気仙沼と姉妹都市で、大震災の後も交流が続いています。気仙沼の公立学校はすべてユネスコスクールで、条南中学校と月立(つきだて)小学校と我々とで、過去2年間にいろいろなことをやって関係を深めてきました。ユネスコスクールは数より質だとは思いますが、数が多ければ多いほど、ネットワークは広がりと幅と厚みを持ちます。そういう意味では、もっと増やさなくてはいけないのでしょうね。寺尾さんが最初におっしゃったように、いまや16万人もの子どもがユネスコスクールで学んでいます。本当のことをいえば、日本のすべての学校がユネスコスクールになればいいと思います。

寺尾: 文科省でも、ユネスコスクールは増えていますが、ネットワークの部分がこれからの課題であるといっています。国内で、また国外とのネットワークの構築が、次の段階には重要になってきます。かつて平山郁夫先生が「日本の生きる道は、ユネスコ立国だ」とおっしゃっていたのを思い出しました。

橘内: 私もユネスコ活動と関わってきて、日本がいかにUNESCOと深い関わりを持っているのかを実感しています。いま、ライオンズクラブやロータリークラブ、成田の生涯大学院などで「ユネスコ活動と日本」というテーマで話をしています。ユネスコ活動では日本がもっとも世界をリードしている。ルーツには新渡戸稲造がいますし、戦後すぐに民間ユネスコ運動が始まったのも日本です。近いところでは、松浦晃一郎氏がUNESCO事務局長時代にアメリカの復帰を促し、無形文化遺産条約を形にしました。そういうことを例に、日本がいかにUNESCOの中心的役割を担ってきたかをお話しします。これをユネスコスクールで、出前授業としてやっていけないでしょうか。ユネスコ活動とはなんぞや、持続可能な社会をつくるにはどうしたらいいか、ということがユネスコスクールから広がっていけば、非常に大きな平和へのうねりが生じてくると思います。

寺尾: 「ユネスコと日本」については、わかりやすい冊子をつくるといいかもしれませんね。

須田: ユネスコスクールについて、困ったときは原点にもどるべきだと思います。私は、ユネスzadankai5_0328.jpgコスクールの根拠となるESDについて、きちっとした説明ができたほうがいいと思うのです。先ほどもいいましたように、ユネスコスクールで「子どもの世界観が変わってきた」といわれました。それは、世界平和の具体像が描けるからなんですよ。世界平和というのは人類の永遠の目標ですが、20世紀は戦争の時代だったし、21世紀もあまり変わらない。だけどそれを克服するには、具体的な柱を立てて子どもたちを育てていかなければならない。そのときに、ユネスコスクールでESDの考え方を伝えることが、子どもたちにはとてもわかりやすいのです。一方そのためには、教員がもっと研修を受ける必要があります。先生方にもネットワークが必要です。研修で学び、ほかの先生方と交流することで、先生方も変わっていくのです。

橘内: ユネスコスクールとユネスコ協会との関わりで、非常にいい体験をお伝えします。民間ユネスコ運動の日(7月19日)の前後1週間、成田ユ協ではいろいろなイベントをするのですが、昨年7月のユネスコ展ではユネスコスクールの子どもたちに声をかけました。それで、ユネスコ協会の役員が学校へ行って、事前研修会をやりました。ユネスコのことや、世界遺産活動、世界寺子屋運動などについて、あらかじめ理解を深めてもらったのです。その結果、子どもたちには自信がついて、本番のユネスコ展では意欲が違いました。「私たちはユネスコスクールで学んでいます」と、とても前向きなのです。ユネスコクイズをつくり、やってきた子どもたちに答えてもらい、それをユネスコスクールの子どもたちが採点しました。皆が積極的に知らない子どもたちに声をかけて、クイズの用紙が足りなくなるくらいでした。そして「明日もまた来ていいですか」といってくれたのです。

寺尾: 今日は、それぞれ地域にあった形でのユネスコスクールへの活動が展開されていることがよくわかりました。それでは最後に、この座談会をお読みのユネスコ会員の皆さまに、今後のユネスコスクールとユネスコ協会との望ましい関係について、ひと言、力強いメッセージをいただきたいと思います。

岡本: 先ほどもお話がありましたが、やはりネットワークをつくることは大事ですね。いま550校で、これからも増えていきますが、単独ではなく、地域の学校間、国内の学校間、そして世界とのつながりに目を広げていくことが、これからのユネスコ活動の大きなポイントになります。千葉県では市原市の学校がユネスコスクールに加盟しています。ところがそこにユネスコ協会はありません。でも、その学校を出た人たちが、いずれユネスコ協会をつくるかもしれない。そういうつながりを大切にしていきたいです。ネットワークが広がれば、それぞれの意識も高まっていくでしょう。千葉県では毎年ユネスコスクール研修会を開き、それを通してつながりができています。そこで、高校生を主体としたユネスコ交流会を、夏休みに開こうと考えています。テーマも高校生自身に考えてもらいます。
 これからのユネスコスクールは、質的にも高めていかなければなりません。そのためには、社会教育を取り巻くいろいろな団体を取り入れていくのがいいと思います。千葉市立椎名小学校は、ユネスコスクールに加盟する予定ですが、4年生で田んぼに生きる生物を学び、5年生で稲刈りから脱穀、6年生ではその土地に伝わる地域文化を復活させました。ただ田植えをするというのではなく、このように、積み上げていく、ポートフォリオ的な学習を実現していきたい。そのときにJAや民生委員、地域のボランティアなどとのネットワークがあれば、非常に有効です。そして、「あそこの学校はユネスコスクールだから」と地域からも一目置かれるような地盤づくりをしていきたいです。

相良: ユネスコ高校大会がなくなったのは非常に惜しいです。ユネスコ協会の活性化を図るためにも、日ユ協連が各地のユネスコ協会と連動して、高校生をユネスコ活動に関わらせるようなことを、ぜひともやっていただきたいです。

寺尾: かつては高校ユネスコクラブが200以上あった時代もあるのですが、いまや10数クラブとなりました。一方で、ユネスコスクールの高校に、ユネスコクラブが新しくでき始めています。意欲のある先生方もユネスコスクールにたくさんいらっしゃるので、再び高校大会ができるかもしれないという期待感は高まっています。

相良: 期待しています。以前は米田伸次先生や城戸一夫先生など、熱心な先生がけっこういらっしゃいました。そういう方々が連絡協議会をつくって、綿密なプログラムを立てておられました。私が覚えているのは、北海道の高校大会でユネスコの話をして、その後、高校生たちとさまざまなテーマで話をしたことです。当時は私も若く、私にとっても何ものにも代え難い経験となりました。ああいうことを、これからの若い人たちにも経験してほしいです。

橘内: ユネスコスクールが増えてきたら、出前授業をやっていきたいです。それには、我々ユネスコ協会員がきちんと研修をして、力をつけていかなければいけない。それから、ユネスコ協会の行事に、できだけユネスコスクールを巻き込むことが大事ですね。そうすると大人になってもユネスコ活動に参加し、やがて日本はユネスコ立国になると、そういうふうになればいい(笑)。

須田: ユネスコスクールという活動は時代に要請されたもので、ESDをきちんと理解し、発信し、広めていくという地道な活動が大事です。そのために日ユ協連も、国内委員会も、各地のユネスコ協会とともに、そういう流れをつくっていかなければなりません。組織的に計画的に、しかも発信したものがきちんと届くようにやっていきたい。それが私に残された仕事だと思っています。

寺尾: 皆さまのご意見、ご提言が、今後、全国のユネスコ会員の皆さまの、日々の実践活動に生かされていくことと確信しております。本日は長時間にわたり、ありがとうございました。


※注 ユネスコスクールへの加盟申請書は、ユネスコスクール事務局から入手し、日・英文で準備の上、各学校から市町村教委など行政窓口を通して、日本ユネスコ国内委員会からUNESCO本部へ提出します。
ユネスコスクール事務局 http://www.unesco-school.jp/

 

○プロフィール
岡本博幸(おかもと・ひろゆき)
1935年千葉県生まれ。千葉大学教育学部卒業。千葉市立緑町小学校校長、中国・天津日本人学校校長などを経て現在、日本国語教育学会理事、千葉市緑区地域福祉計画推進協議会委員長。千葉県・市ユネスコ協会連絡協議会副会長。日本ユネスコ協会連盟評議員。

相良憲昭(さがら・のりあき)
1943年東京都生まれ。東京大学卒業後、文部省入省。UNESCO(パリ)社会科学局庶務課長、国連大学事務局長、パリ国際大学都市日本館館長、京都ノートルダム女子大学学長などを歴任。現在は桐蔭横浜大学特任教授。専門は文化論、国際理解教育。目黒ユネスコ協会会長。日本ユネスコ協会連盟評議員。

橘内忠成(きつない・ただしげ)
1941年北海道生まれ。早稲田大学教育学部卒業。千葉県教育庁、千葉県内の中学校校長などを経て現在、成田市社会教育委員、成田市国際市民フェスティバル実行委員長など。千葉県ユネスコ協会連絡協議会会長、成田ユネスコ協会会長。日本ユネスコ協会連盟評議員。

須田洋光(すだ・ひろみつ)
1942年群馬県生まれ。東京経済大学卒業後、高崎市の小中学校長、倉渕村教育委員会教育長、倉渕ふろさと公社理事長などを経て、現在は高崎市社会教育関連団体連絡協議会会長。高崎ユネスコ協会会長。日本ユネスコ協会連盟理事。

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