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【お知らせ】書きそんじハガキ回収への取り組みについて、座談会を行いました。

座談会
書きそんじハガキが、寺子屋での学びに「くるりんぱ」

も うすぐ今年の書きそんじハガキ・キャンペーンが始まります。そこで、9月6日(金)、キャンペーン開始以来ご協力いただいている名古屋国際センターほか、 ハガキ回収に成果を上げているユネスコ協会、さまざまなアイディアでご協力いただいている(株)電通の各責任者にお集まりいただき、ハガキ回収の意義やノ ウハウ、成功の秘訣などを伺いました。

〔出席者〕*プロフィールは文末をご覧ください。
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(写真左から)
富山ユネスコ協会:松波孝之 会長
鎌倉ユネスコ協会:森井曠雄 理事長
(公財)名古屋国際センター:五十君透 交流協力課長
(株)電通:中村優子 社会貢献・環境推進部部長

[司会]
日本ユネスコ協会連盟:寺尾明人

司会:  いつも世界寺子屋運動にご協力いただき、ありがとうございます。世界寺子屋運動がユニークなのは、政府や大きな機関がお金を出してやるのではなくて、誰も が取り組める身近な国際協力だということです。それを可能にしたのが、書きそんじハガキを集めるという手段です。これは、国際識字年の1990年に、名古 屋国際センターさんが生み出してくださった知恵でした。この書きそんじハガキによって、世界寺子屋運動は20年以上支えられてきたのです。
  本日は、これまで積極的に書きそんじハガキ・キャンペーンに取り組んでくださっている方々にお集まりいただきました。座談会では、皆さまがどのような思い で世界寺子屋運動に関わり、書きそんじハガキ・キャンペーンに取り組まれているのか伺います。それではまず、書きそんじハガキ・キャンペーンを最初に始め られた名古屋国際センター(NIC)の五十君さん、お願いいたします。

五十君:  1990年、NICで「世界寺子屋運動NGOフォーラム」が開催されました。この会議開催を目指してNICが取り組んでいたのが、書きそんじハガキ回収に よる世界寺子屋運動の資金づくり、という新しい発想でした。NICと寺子屋運動との関わりについては、『民間ユネスコ運動60年史』(日本ユネス協会連盟 発行)の97ページに記載されています。
 翌1991年には実行委員会を設け、以来20年以上にわたり書きそんじハガキの回収を続 けています。実行委員会は愛知県国際交流協会をはじめ3つの団体で構成し、NICが事務局となって取りまとめています。キャンペーン推進の支援体制として は、13団体による推進協力会議を年2回開催し、協力を得ています。これまでにNICでは23万枚以上のハガキを回収し、750万円余りの資金と換金する ことができました。

司会:  NICさんには、世界寺子屋運動が始まって以来、ずっとご一緒していただいています。次にユネスコ協会の活動をお話しいただきます。富山ユネスコ協会さん は、富山市内すべての学校に理事の方が足を運んで、書きそんじハガキ回収を通したユネスコ活動の普及に務めていらっしゃいます。

松波:  世界寺子屋運動は、2004年に本格的に始めて今年で10年目です。ユネスコ活動の柱にしようと、古田前会長が始めました。もともと富山では、速星小学 校、熊野小学校、統合後に中央小学校となった星井町小学校などがD-project※に参加していました。生徒たちは寺子屋運動について学び、書きそんじ ハガキを集めるようになりました。それを地元の新聞や放送局が取り上げたことで周知されるようになり、参加校が増えていきました。高校については富山県の 教育委員会に依頼し、それ以外の県内300校くらいには直接、私たちが依頼しています。富山市内では7割の小中学校に参加いただいています。これまでの9 年間で約25万枚、1100万円を超える額となりました。当初は一部の理事が中心的に活動していましたが、継続するには全員でやらなければならないと、委 員会を設けて昨年から理事全員で取り組むようになりました。毎年11月くらいからハガキ回収のお願いに回り、ハガキが集まるピークが1月の終わりごろ。仕 分け作業や、学校との関係も含めて、皆でやっていこうという方向になっています。

司会: ありがとうございました。富山ユ協さんは全国でもダントツのハガキ回収枚数を誇っています。次に、鎌倉ユネスコ協会さんは昨年のキャンペーンで、かつてない画期的な成果をあげられました。そのノウハウをぜひ、読者の皆さんにお伝えください。

森井:  鎌倉ユ協ではこれまで学校に直接、働きかけをしていましたが、なかなかハガキの枚数は増えませんでした。通年でやっていたのに微々たるものでした。だか ら、私一人でやればいいやと思っていたくらいです。そんな中、昨年、鎌倉市役所にあるメディアセンターに、書きそんじハガキ・キャンペーンのリリースを 持っていきました。ところが、前年度のものだったので日程が違っていた。それで大あわてで、もう一度新しいものを持っていったんです。これが結果的によ かった。2度行ったので、印象づけられたのでしょう。朝日新聞の記者が興味を持たれ、何度も取り上げられ、結果としてすごい数字につながりました。いかに マスコミの力が大きいかを実感しました。

司会: 2回訪ねたことで、記者が興味を持ってくれたのですね。ピンチがチャンスに、面白いですね。

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司会: さて次は、さまざまなアイディアを駆使して世界寺子屋運動に協力してくださっている電通さんです。最初は、ものごとを反対から見ると別の面が見えてくるよ、という「くるりんぱ」プロジェクトからの出発でした。

中村:  2003年に電通で社会貢献セクションが立ち上がりました。当時の社員がたまたま目黒ユネスコ協会にいて、彼が世界寺子屋運動のシンボルマークとして「く るりんぱ」のテラちゃんマークをつくりました。それがご縁で、しばらくして社内でポスターをつくりました。パシュトゥー語で書かれたもので、もちろん日本 人には読めません。でも、これを母国語とするアフガニスタンにも読めない人たちがいる、という内容のコピーでした。「くるりんぱ」では、ぬいぐるみなどの グッズをつくって販売するなど、シンボル・キャンペーンのような形でご協力をし、その結果2000万円ほどが集まり、インドのゴカックに支援させていただ きました。当時は電通、電通テック、サイバー・コミュニケーションズ、ISIDの4社で参画していました。
 世界寺子屋運動20周 年のときには、親しみやすい広報特使として久保純子さんにお願いしました。ただ、堅苦しい呼び名ではなく、久保さん自身が「学びながらナビゲートする」と いう意味で、「まなびゲーター」という呼称に。久保さんにもカンボジア、ネパールに行っていただきましたが、彼女の言葉で印象的だったのが、「子どもたち の表情は意外と暗かった。でも、寺子屋で学んでいる子は目がきらきらしていた」というもの。ネパールの貧しい家庭では、女性の出産数が、学校に行った母親 は平均7人、行かなかった母親は14人だとか。この数字を知って、私は愕然としました。日本でも、読み書きできなかった朝鮮半島の方が、日本語の読み書き を学んだことで「夕日が輝いて見えた」という話があります。読み書きができて、初めて人として生きられる、自分を人間として自覚できるのではないでしょう か。
 東日本大震災では、2ヵ月後に被災地に入りました。現地には地域差があって、リアス式海岸の入り江ごとに文化が違うので、支 援したくても一律にはできない状況がありました。そこで、日ユ協連さんと共同で、東北と寺子屋運動とを結びつける「希望のポスト」を思いついたのです。こ れは、南三陸の森の間伐材を使って、書きそんじハガキ回収ポストをつくるというもの。被災地のためになることが、遠く離れた人たちの学びにつながる。こう いうポストがあると、ハガキを入れたくなりますよね。ぜひ各地のユネスコスクールに寄贈していただきたいです。ポストの横にあるプレートには、寄贈した企 業・団体名などを入れるようになっているので、さらにご縁が広がっていくというわけです。地元とご縁のある企業さん、またソロプチミストさんやロータリー クラブさんなどにご協力いただきたいです。安くはないのですが、私も広島の母校にプレゼントし、ソロプチミストの活動をしている母にも小さいものを贈りま した。

司会: 「希望のポスト」は今年度中に100ヵ所での設置を目指しています。なんとか目標を達成したいですね。それでは次に、世界寺子屋運動で得られた成果についてお聞かせいただけますでしょうか。

五十君:  1990年から2012年度までの23年間で、書きそんじハガキと切手を含めて、1億3700万円の支援金を得ることができました。昨年は12万3954 枚のハガキが集まり、カンボジア、ネパール、アフガニスタンに、それぞれ150万円ずつ支援することができました。毎年10万枚を集めたいと取り組んでい ます。書きそんじハガキの回収は、家庭でも手軽にできて、過程がシンプルでわかりやすいため、皆さんから賛同を得られているのかなと思います。

司会: NICさんには、さらに次の3つのことを伺いたいです。まず、ボランティアを組織されていることについて。それからスタディツアーも何度か実施されていますね。

五十君:  書きそんじハガキは回収した後、仕分けをして整理をしたものをお金に換えます。その作業がかなり大変なのですが、ボランティアの方々が献身的にやってくだ さっています。スタディツアーについては、5〜6年ごとに定期的に実施しています。現地を見ていただくと、改めて運動への熱意や情熱が湧いてくるようで す。帰国後は報告会で発表していただき、運動推進の糧になっています。贈呈式はご協力いただいた企業や学校で行っています。それをマスコミに取材していた だくのも、周知に役立っています。地元の名古屋ユネスコ協会さんとも協力して推進しています。

司会: ありがとうございます。次に松波会長、富山では多くの学校にご協力いただいていますが、子どもたちにとっては何が大切だとお考えですか。

松波:  最初のころ、学校で集めるハガキは全体の6割くらいでしたが、いまは8割に増えています。まず各学校にお願いに行くとき依頼状を持っていきます。それか ら、ハガキをいただきに行くときは感謝状を持っていきます。ユネスコスクール校の中央小学校では、感謝状を渡すところをマスコミに取材していただきまし た。中央小学校では、6年生が国際交流の一環として世界寺子屋運動について学びます。書きそんじハガキ回収を呼びかけるリーフレットをつくり、下級生も一 緒になってハガキを集めます。卒業前には、その作業を6年生が5年生にバトンタッチするセレモニーもあります。富山市内はすべての小学校に理事が足を運び ます。そうやってコミュニケーションをとることを大切にしています。
 ハガキの数は、ピーク時には4万枚くらいでしたが、いまは2 万6000〜7000枚くらいです。でも、参加校は確実に増えています。ハガキの枚数や金額といった結果はもちろん大事ですが、国際協力の意義を伝えて仲 間を増やすことも大事。ネットワークづくりが肝心だと思っています。富山ユ協では理事全員が学校に赴くことになったので、勉強会を始めました。12月の定 例会では回る学校の分担を決めます。役員自らが勉強するために、11月にスタディツアーに行くことになったのです。ぜひこの輪を広げて、継続していかなけ ればならないと思っています。

司会: 理事の皆さんが学校を訪問し、子どもたちの共感を呼んで、その結果たくさんのハガキが集まったのですね。この流れをどう継続するかが課題なのでしょう。次に森井理事長、大ブレイクした去年の状況について、改めてお話しいただけますか。

森井:  昨年度は本当にマスコミの力を痛感しました。それまで細々とやっていたのが、ハガキは6万4000枚、切手は3万4000枚で、ほかに現金や収入印紙など で総額438万円になりました。それから、今年のハガキでなければいけないのかとか、書きそんじたハガキでなければダメなのかとか、個人情報は守られるの かとか、全部で245件も問い合わせがきました。郵便局に行った書きそんじハガキは、裁断してリサイクル資源にされるんですよね。私は、「お礼状を出すた めに送り主の氏名・住所だけはとっておきますが、中のハガキについては何もしません」とお伝えしています。
 ただ、実際やってみて 感じたのは、ユネスコでこれだけ長い間、識字運動として寺子屋運動をやってきたことが、ほとんど知られていない。「識字」という言葉も、もっといい方にで きないものでしょうか。来年もまたブレイクさせるには、ユネスコの活動を広く、わかりやすく伝える必要があります。

司会: コミュニケーションの部分では、ユネスコはまだまだ改善の余地がありますね。それでは中村さん、企業のCSRの立場から、世界寺子屋運動の課題についてお聞かせいただけますか。

中村:  皆によくいわれるのは、言葉が長いということ。全部長いですよね。日本ユネスコ協会連盟も、世界寺子屋運動も(笑)。人に伝えるには、敷居を低くしてわか りやすくすることが大事です。例えば、敷居が高かったところを、久保純子さんというパブリックな人に出ていただくとか。また「希望のポスト」のチラシに は、「書きそんじハガキが11枚あれば、カンボジアではひとりがひと月寺子屋で学べる」と書いてある。そうやって簡単にイメージできることも大切なポイン トです。

松波:  今年、カンボジアで11番目にできたコック・プノン寺子屋には、銘板に富山ユ協の名前が明記されています。「あなたが努力したことはこんな形になりました よ」と、今年は皆さんにいうことができます。「見せる化」ができると、フィードバックしやすいですよね。この銘板のことは来年、感謝状を渡すときに子ども たちにも伝えます。

森井: 鎌倉ユ協の活動については、結局4回も新聞に掲載されました。初めに情報を伝えただけでなく、その後も週に一度は、「いまこれくらい集まった」と状況報告をしていました。マスコミとのコンタクトはまめにとることが大事。何もしないのはダメですね。

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司会: そろそろ2014年の書きそんじハガキ・キャンペーンが始まります。今年も参加ユネスコ協会は120協会くらいでしょうか。全国のユネスコ協会の皆さまへ、最後にひと言ずつメッセージをお願いします。

中村:  日本人は飽きっぽい。被災地のことも、とくに関東以西ではほとんど報道されなくなりました。企業の社会貢献としては、食の問題や震災などいろいろな課題が ありますが、少なくとも私が目にしたことは、私には関わっていく使命があると思っています。自分にできることから、少しづつでもやっていきたい。
  「希望のポスト」のポスターには、被災地の子どもたちが笑顔でポストを抱えている写真が使われています。「今度はぼくらの番だよ」といっているよう。一方 が支援をして片方がされるだけの関係ではなく、この写真のように、皆が誰かを助けて何かを得られる「ウィン&ウィン」の関係を目指したい。手紙の やりとりだけではなく、実際に交流すれば、思いやる心も生まれます。被災地の漁師さんがおっしゃっていました。「人生、助け舟」だと。本当にそう思いま す。

森井: 一生懸命やることです。それから、ネットワークをどんどん増やしていくこと。いろんなつながりができれば、活動の幅も広がっていきます。

松波: 学校とのパイプを強くすることです。我々の運動そのものが柱となって、継続してやっていかなければならないと思います。

中村:  地域ユネスコ協会と学校とのパイプをどうつないで、強めていくかが大切ですよね。小学校のときの体験や印象は、後々まで影響しますから。学校の先生だけで なく、地域コミュニティの中で社会性を育んでいくことが必要です。それには地域ユネスコ協会が学校としっかり連携すること。コミュニティが学校を育ててい くのだと思います。子どもはコミュニティの宝で、未来からのメッセンジャー。今後は学校との連携がカギとなりますね。

松波: 学校とつながり、地域とつながることで、自分自身も豊かになっていきます。ハガキやお金を集めるだけが目的ではない。子どもたちと一緒に、我々も育つんです。それが、地域を強くしていくことにつながるのでは。

五十君:  例えば、ある企業さんでは、給料明細書を利用して、書きそんじハガキ回収を家庭まで伝えていただく工夫をされるなど、さまざまな形でご協力いただいていま す。そういうご協力いただいている皆さんに対して、具体的に目にみえるプロセスを逐一提供していきたいです。名古屋は書きそんじハガキ回収がスタートした 場所。大切な事業としてとらえています。地道に継続的に、絶やすことなくやっていきたい。そして、名古屋ユ協とは地域連携ということで、また日ユ協連とも 連携してやっていきたいです。

司会:  本日は、皆さまがどのように寺子屋運動と関わり、書きそんじハガキ・キャンペーンに取り組まれてきたのかを知ることができました。これから年賀状の時期に なります。書きそんじハガキ・キャンペーンの輪がさらに広がっていくよう、引き続き皆さまのご協力をお願いいたします。本日はありがとうございました。

欄外
※D-project 世界寺子屋運動について学び、それを多くの人に知らせるリーフレットを作成し、実際に使用しながら社会貢献や国際協力について学んでいくユネスコのプロジェクト。

PROFILE
松波孝之[まつなみ・たかし]
1947 年、富山県生まれ。金沢大学卒業。北陸電力(株)代表取締役副社長などを経て現在(株)ケーブルテレビ富山顧問。書きそんじハガキキャンペーンなど地域に 根ざしたユネスコ運動を精力的に推進。富山ユネスコ協会会長、富山県ユネスコ連絡協議会会長、日本ユネスコ協会連盟理事。

森井曠雄[もりい・あきお]
1941年、神奈川県生まれ。東京電機大学卒業。(株)沖電気カスタマアドテック取締役、(株)沖関東サービス代表取締役社長などを経て、現在は母校校友会参与、経営同友会役員。鎌倉ユネスコ協会理事長、日本ユネスコ協会連盟理事。

中村優子[なかむら・ゆうこ]
1975 年、(株)電通に入社。国際局、海外営業開発局を経て、1997年より国体・ワールドカップ・省庁官庁系プロジェクトなどの企画、実務に従事。2007年 より社会貢献部の活動を推進。2008年より社会貢献・環境推進部部長。日本ボールルームダンス連盟理事。日本ユネスコ協会連盟理事。

五十君透[いそぎみ・とおる]
1951年、愛知県生まれ。名古屋大学卒業。名古屋市役所を経て、平成24年から(公財)名古屋国際センター勤務。国際交流・協力・多文化共生事業を推進するなかで"世界寺子屋運動"名古屋実行委員会事務局を主宰。

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