シリアのイラク難民

「難民」と聞いたときにあなたはどういうイメージを抱きますか?
私が初めて出会った「難民」は2007年シリアのダマスカス大学でアラビア語を勉強している時に出会ったイラク難民でした。シリアはイラク難民を「アラブの同胞」として受け入れ、当時国内に150万人ものイラク難民を受け入れていた。これはシリアの人口の10%にあたる人数であるから驚きである。驚くのはこれだけではない。

「イラク難民」と呼ばれている人々は、シリア人社会の中で生活しているのだ。シリア人のように家を借りてシリア人の通う学校に通い、同じ社会保障サービスを受けているのである。働いている人も多く、レストランや商店で働くイラク人をよく見るのである。

「難民」の人々の暮らしは私の難民キャンプのテントで避難生活をしているというイメージを覆すものであった。私は彼らのことが気になり、翌年2008年に再びシリアに滞在し、シリア人の友人の助けを借りながら彼らにインタビュー調査を行った。インタビューをしていく中で彼らの生活やシリアに逃れてくる過程を聞くことができた。インタビューした家庭の大半が2006年の宗派間対立の激化によって逃れてきた人々で、宗教や宗派が違うという理由で家族が殺され、残りの家族は命からがら逃げてきたという人々もたくさんいた。中にはキリスト教徒という理由で、家に民兵が押し入り、「今すぐここからでないと殺す」と言われ、何も持たずに逃げてきた人々もいた。

一見長期滞在者とも見える彼らだが、最低限の荷物だけ抱えて必死でイラクから逃れてきて、シリアで何とか職は見つけられたが収入は少なく、滞在が長期化すればするほど蓄えも減り、祖国に戻る見通しもなく日々ギリギリの生活をしているのである。情勢が少し安定したかと思われた時、イラクに帰る人々もたくさんいた 。
しかしインタビューした人々の中には、「帰ったら殺されるからまだ帰れないよ」と言う人々も多くいた。2009年私は再びインタビューした人々の何人かに再会した。「まだ帰れないんだ」と言った。私と同じ年の女の子の表情が去年より陰っていたのが忘れられない。このインタビューによって、それまで見えなかったものが見えたと思う。    (松浦亜矢)

 
 

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