会員のひろば

子どもと歩こう
清田 安孝

最近発表された調査によると、小中学校の生徒児童の運動体力の低下、とりわけ大都市地域での低下が著しい。
いろいろの環境変化に原因があるが、このまま看過できない問題であろう。
その昔、初代大日本体育協会会長嘉納治五郎は学校教育における「徒歩(遠足)」の効用を説かれ、「歩け歩け」が大いに実践され効果をあげた。
今、ウオーキングが盛んであるが、高齢者だけでなく、子ども達と一緒のウオーキングは親子関係やこどもの社会性の涵養にも有効であると思うがどうか。

私の尊敬する人
斉藤 百合子

鎌倉ユネスコ創立2〜3年前、3名の婦人たちが訪問された。
1人は高見順夫人、1人は遠野病院の理事長、もう1人若い人。どういう方ですかと尋ねると、日本ユネスコ協会連盟の事務局長を8年間務めたが、後輩に席を譲って自宅のある鎌倉にユネスコをつくりたいという。その後鎌倉ユネスコの募集が始まりました。
わが夫とは世界に平和をもたらすには教育が一番と話しておりましたので直に応募しました。
1人の女性に芽生えた、鎌倉にユネスコをという願が20年経ち、立派に活動していることを見た時、その決意と熱意、実行力にただ敬服するのみです。
その人の名は尾花珠樹さん。身近に傑出した女性を共有していることに感謝しています。

白川郷に行って
内間 遥子

私は最近、祖父、祖母と白川郷に観光に行ってきました。白川郷は山の合間にあるのですが、最近できたトンネルのおかげでバスに酔うこともなくスムーズに行くことができました。白川郷で一番感動したのは丘から見た郷全体の景色です。日本アルプスをバックに合掌づくりの民家が並び、その間を澄んだ川が流れていました。本当に昔話に出てくるような世界でした。それと同時にかなり観光地化が進んでいることに驚きました。道や川がコンクリート整備されていたり、郷内をシャトルバスが走っていたりしました。
遺産を残す為に色々な工夫をしているのだなと感心しました。

ハイチの地震
井上 順子

今年1月12日、ハイチでM7.0の大地震がありました。その惨状は目を覆うばかりです。
実は私も15年前M7.2の阪神大震災に見舞われました。電気も水もなく、道路はガレキで通れず、避難所は満員、外は死体に毛布が掛けてあり、学生の多い街は母親が子供を捜す姿、まるで地獄でした。最初の食事はカンパン3ヶ、お年寄りと子供は後回し。ハイチでも2週間ぶりに救出された人がいます。私も周りの皆さんに助けられて生き延びています。
天災の恐ろしさを体験した中で人々の情も痛感し、命の大切さもしりました。

鎌倉に住んで十年
安川 有里

昨年春から、鎌倉ユネスコに入会しました。
以来「キャンドルナイト」や 「国際交流フェスティバル」などに参加し、会員の方々と楽しいひとときを過ごしました。
「国際交流フェスティバル」ではアフガニスタン・カンボジアなどの民族衣装コーナーを担当。来場者に衣装の着付けを行いながら、これらの国々のお話をしました。
極めて困難な条件の下で、生活している児童が世界の全ての国に存在しています。そんな子供達も、恵まれた環境にいる日本の子供達と同じ夢を持っているはずです。
ユネスコの精神を改めて学び、「明日に架ける橋」をみんなで作っていきたいと思っています。

 
 

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