機関誌「ユネスコ」 2020年10月号
特集 発展途上国での新型コロナウイルス感染症拡大 ― 教育への影響と対応
新型コロナウイルス感染症が教育にもたらしたもの
昨年12月に発生した新型コロナウイルス感染症は、数ヵ月のうちに全世界に拡大した。ヒトの往来という面でのグローバリゼーションは、異文化と異文化の出会いに伴う混乱の発生、協調の必要性という課題を以前より提示していた。しかし、今回の新型コロナウイルスのパンデミック状況は、さらに別の形で対応の難しい問題をグローバル化した世界にもたらしている。
その一つが、教育への大きな影響である。UNESCOによると、感染症拡大の第一波が発生した4月初めには、16億人近い生徒が新型コロナウイルスの影響を受け、全生徒の約91%にも及ぶという。全土で学校閉鎖を行った国は、193ヵ国にのぼった(下図参照)。
学校閉鎖が長期化するにつれて、子どもたちの学習が異常に遅れてしまうことが世界的な懸念事項になっている。このままの状態が継続すれば、学校に行けないなどの影響を受けた世代が被る将来収入の損失は、総額10兆ドル(約1000兆円)にものぼるという。(世界銀行ウェブサイトより)
UNESCOを含め国際機関は、メディアやICTを活用した遠隔教育、それに家庭での教育で、学習の遅れに対応することを提案している。とはいえ、途上国ではテレビやICTにアクセスできるのは、ある程度の収入が得られる人びとに限られる。ネパールの元寺子屋学習者ハリジャンさん(2019年に開催されたユネスコ運動全国大会でゲスト出演)の家では、最近やっと扇風機を買ったといい、パソコンやテレビはない。ICTを活用した遠隔教育は、寺子屋に通う人たちにはほとんど手が届かないのが現状だ。


期待される寺子屋のコミュニティパワー
皆さまにご支援をいただき、昨年30周年を迎えた世界寺子屋運動が対象としているのは、学齢期に学校に行けず文字の読み書きができない成人、そして学校に行けなくなってしまった子どもたちである。この中には、社会の制度から排除されてまったく学校に行けなかった人びとも含まれるが、昨年の全国大会で登壇したカンボジアのサムナンさんのように、家庭の経済状況の悪化に伴い、一時的に学校に行けなくなった若い世代も大勢いる。
そのような世代が学びを諦めることのないよう、学校以外の場で圧縮したカリキュラムを修了すれば、復学や上級学校への進学を認める「復学支援」制度がある。世界寺子屋運動では、この制度に則った活動を各国で展開している。
また、学習支援だけではなく、地域・コミュニティの連帯を強める活動も、世界寺子屋運動の柱の一つである。ここで培われた連帯の意識や制度が、新型コロナウイルス感染症対策として日本ユネスコ協会連盟の支援に大いに役立っている。日ユ協連では、世界寺子屋運動の実施地域を対象に、手洗い用の石鹸やマスクを配布する活動を展開している。と同時に、手を洗うことの重要性や3密を避ける意識を普及する啓発活動も行う。このような啓発活動は、連帯の意識が地域に醸成されていないと、実施しても単なるイベントで終わってしまい、波及効果への期待は薄い。その点、寺子屋運営委員が住民から選ばれるようなシステムがあるケースでは、継続的な効果が期待できるのである。
世界寺子屋運動が培ってきたコミュニティパワーが、今後も感染拡大が予想される新型コロナウイルスを乗り越える底力となることが期待される。今後とも寺子屋運動への応援をよろしくお願いします。
(事業部:関口 広隆)
