No.195−3


アメリカのユネスコ復帰と世界の平和
 
目黒ユネスコ協会会長 加藤玲子
 
 2002年9月12日、ブッシュ大統領は国連総会の一般演説でユネスコに復帰したいと表明した。ユネスコにおいて目下その手続きが進行中であり、アメリカ政府としては6000万ドルの加盟分担金について、支出予算の組み替えを実施中である。ユネスコとしてはより大きな予算の編成が可能になり、世界の平和のための新たな展開が可能となるであろう。
 
 目黒ユネスコ協会はブッシュ大統領声明の直後、直ちにアメリカの復帰を歓迎する声明を出し、世界の平和のために、ともに手を取り合って協力する必要を述べた。目黒ユネスコ協会はアメリカのユネスコ復帰については、繰り返しその早期実現を要望してきた経緯がある。元駐仏日本大使松浦晃一郎氏が東洋から初のユネスコ事務局長に選出され、アメリカのユネスコ復帰を呼びかけたことがついに実現したもので誠に喜ばしいことである。
 
 ブッシュ大統領の声明は、2001年9月11日のテロ事件からちょうど一年目、アメリカがテロ報復に向けて国民の声が盛り上がる中で行われた。声明の論旨の大部分はテロ報復への決意を述べたものであったため、その中で「人間の尊厳への関与の象徴として、米国はユネスコに復帰する」という僅かな言葉を見逃す人も多かったのではないだろうか。少なくとも、本気で言っているのかといぶかる人も多かったと思われる。
 
 今日、民間ユネスコ運動に関わるものとして、アメリカがユネスコに復帰する意義を再確認することは重要なことと考える。それは、アメリカが世界の中で圧倒的な軍事大国であり、それを支える経済力においても世界の競争の中で強者の立場を享受している現実があるからである。
 
 ユネスコに関わるものとして、ユネスコ憲章の前文「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。」という言葉はつねに心の中にある。そして今、前文の後半にある「政府の政治的及び経済的取きめのみに基く平和は、世界の諸人民の、一致した、しかも永続する誠実な支持を確保できる平和ではない。」という言葉がきわめて現実感を持って響く。第一次大戦の反省もむなしく第二次大戦が始まり、その大戦のさなか、欧州各国の文部大臣をはじめとする知識人が灯火管制下のロンドンに集まった。そして戦後世界の平和構築にむけて青写真を描いたことがやがてユネスコ成立の原点となった。そのため当初、ユネスコの構成員は個人の資格であった。やがて、他の国連の機関と同じように、政府代表がユネスコの構成員となり、各国の政治的思惑が働くようになった。アメリカのユネスコ脱退も、台頭するアフリカ勢とアメリカが同じ一票しかないといういらだちが原因の一つと考えられている。それにもかかわらず、今なお、ユネスコは国連の中で、平和を論ずることが出来る重要な機関であり続けている。
 
 私達が、真の平和を望むとき、それを実現できるのは個人の良心であることをユネスコ憲章は語っている。ユネスコという機関を作ったとき、人々は国家が約束する平和は「世界の諸人民の、一致した、しかも永続する誠実な支持を確保できる平和ではない。」と喝破した。これが国連のユネスコ憲章の前文に明確に書かれていることを厳粛に受け止めたい。真の平和は、人の心の中で築かれる。この簡潔な真理をもう一度再確認したい。昨今、NGOが国家の手の及ばないことに大きな働きを見せるようになった。当初は小さな草の根運動だったことが、今や国家の垣根を越えて全世界規模の活動となっているものさえ見られる。ユネスコは設立の時、すでに民間ユネスコ活動に期待していたことは明らかである。私達は、自らの心の中に平和を築き、その意志するところを愛する隣人に伝え、手を取りあって地球の平和を確実なものに近づける努力を重ねることが大切である。ユネスコが語るその意志をアメリカの隣人に、そしてイラクの隣人に伝えたい。
 
 ユネスコの運動にかかわるものは、常に、戦いに対する憤りと、それを止められないもどかしさ、空しさにおそわれる。そして今、戦争とは、必ずしも武器をかざしたものに止まらないと考える。強者が弱者への思いやりを欠いたとき、平和はそれだけ遠のいていく。世界のすべての民が、国家が、文化の、宗教の、民族の多様性を認めあい、正義と自由を重んじ、ユネスコの意志をもとに対話を重ねて現実に立ち向かうときに、はじめてこの地球に穏やかな風がそよぐと考える。ひとりひとりが、ユネスコの意志を隣人に伝えること、それは平和を求める人々の道である。それは、やがて大きなうねりとなり、目的に到達することを信じる。ユネスコ憲章は、それが決して不可能な道ではないことを語り、私達に期待しているのである。
 
 ユネスコ憲章前文は語る。「よって平和は、失われないためには、人類の知的及び精神的連帯の上に築かなければならない。」平和の原点はここにある。

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