ネパールの調査状況です
和歌山ユネスコ協会 会員7名でがネパールに赴き、和歌山ユネスコ協会
独自の「寺子屋」が持てないものかと現地視察をしてまいりました。
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ノンフォーマル教育センター(カトマンズ) 5人の男性に出迎えられる。自己紹介の後、センター長のT・Mサカヤ氏から スライドを見ながら説明をうける。これまでの経過と現状、これからの計画を熱っぽく説明。私達から今回のネパール訪問の目的(和ユ協独自で支援の為、寺子屋の調査)を説明。ミーティング後記念撮影(前列左端がセンター長、レイを首に掛けている5人が和ユ協のメンバー) |
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シェリー・ジャルデビ・セカンドリースクール(ビアス第1区) 校門で先生、生徒の出迎えをうける。1年生から10年生まで生徒数935人、16教室 この学校は、教室に窓があり、机、椅子もあるランクは上である。ひとクラスある聾唖 教室を参観。ここで松島副会長がマジックを披露。小さい子供はきょとんとしていたが、先生と大きい子供達は、大喜び。 |
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バネパ(カトマンズからスイスの道、日本の道を通って東へ25Km) バスロー小学校 レンガ造りの2階建ての校舎。教室は、窓がなく入口の明かりだけで、室内は薄暗い。 生徒数は約300人。先生はビスヌー校長外11人。 日本から持っていったバスケット・ピンポンをプレゼントする。 |
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バスロー村小学校(バネパ)の授業風景 教室は、板敷きで机がなく、子供達は床に座って授業をうけている。掛け算の勉強中。この学級は、生徒52人ですが 座っているのは17〜18人です。 |
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ネパール・コミュニティー・ラーニングセンター(ユネスコが支援の寺子屋) 五坪ほどのレンガ造りの小さな建物(強固な小屋)で授業中。この建物は村人達の手で1999年に建設。建設費用28,000ルピ(材料費のみ、日本円で約50,000円)とのこと。 ここでは、村人の教育(識字、衛生、野菜果物の栽培)を目的にしている。 20代から50代の女性ばかり約20人が、野菜に付く益虫、害虫について勉強中。 森理事のノートを見せてほしいと言う。そして自分のノートも見せてくれる。 |
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農業実習の風景 授業の後、教室での服装のまま、裾の引きずりも気にせず畑に出ての実習。今年始めたばかりと言うブロッコリーが浅春の陽を受けて育っている。日本からの苗もある。 ブロッコリーの根元を、竹の棒で土を返している。先生が虫をとって生徒に見せ、説明をしている。 |
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シェリー・パラソル・ロアー・セカンドリースクール(ビアス第7区にある)
学校は、周りが畑で校門は左右にバナナの木。児童、先生、父兄が狭い校庭に溢れんばかり大勢で歓迎される。レイを掛けてもらい小さな花束をもらう嶋村さん。 ナマステ(こんにちは)、ナマステの連呼。子供も大人も純粋そのもの、目は輝いている。 生徒数260人、先生はヘム校長外9人。 今までに、ボテ族の生徒の卒業生はなく、途中で学校を止めて生活の手助けをする。 |
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ビアス第7区(カトマンズから西へ150Km 車で6〜7時間) 100m程の吊り橋を渡って孤立した村に。農業中心の村だと言うのに雑草が生え見るからに貧しそうな村。 もともとは少数民族ボテ族の村で人口約300人であったが、生活が苦しく土地を売り、現在ではマガル族等が入り大きく変化し人口1,500人に増加。 |
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バドガオン(ユネスコ世界遺産 カトマンズの谷) 騒々しいカトマンズを離れて田園風景を南東へ15Km。 15世紀から18世紀にかけて、マッラ王朝時代3王国の首都の一つとして最盛期を迎えたネワール文化と共に大発展をとげた。ヒンズー教色が強く、一般的にバクタプール(信仰の街)とも呼ばれている。 赤茶色のレンガ造りの建物がびっしりと並ぶ古い街。 |
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パタン カトマンズの南約5Km。聖河バグマティの川向こうに位置するもう一つの古都。 古くから彫刻や、金銀細工などの工芸盛んで、別名ラリトプル(美の都)とも呼ばれている。その名のとおり街じゅうが美術品のようなたたずまいである。 |