ユネスコサロン

「中国の市民社会と民主化の行方」

阿古智子氏を迎えて

表題のサロンが10月3日開催された。講師は東京大学大学院文化研究科准教授の阿古智子氏阿古智子氏、会場はカルチャーセンター鎌倉。最初、映像を見せられた。一枚目は北京郊外のゴミの収集などで生計を立てる出稼ぎ労働者が暮らす地区、遥か先には経済的にも優位にある都市社会の人々が住むマンションが望見できる。二枚目は、北京の中心部からそれほど離れていない公衆便所。見るからに粗末で臭気も強かろう。三枚目は「長髪売ります」の看板のある店。四枚目は「刺青のやり直し」を看板に掲げた店。いずれも知られざる現代の中国の裏側である。

レジメで課題を提示

中国が貧富の差を縮め持続可能な発展を進めるためには何を克服すべきか、これは中国における最大の課題であろう。市場経済を採り入れ経済の発展は表面には数字として表れたが、公平、公正のない競争社会は役人の腐敗を抑制できず、モラルは低下し人心は荒廃するという悪循環をもたらす。現実の戸籍制度や土地制度の改革、そして権力の濫用を制御しセーフティネットを整備するためのシステムの構築こそ今の中国が力を入れるべき最重点課題である、と問題点を挙げる。

インターネットが民主化推進?

その中で特に関心を持ったことは、近年はインターネットの発達により、制度面における民主化が殆ど進まない中国においても、世論が影響力を持つようになり、権力を監視する機能を強化している。中国では時事問題や社会問題を議論するためにいろいろなコミュニティサイトが発達しているが、中でも圧倒的な影響力を持っているのは「微博」(ミニブログ)である。微博は送り手(ブロガー)が発信した情報に受け手(フォロワー)がコメントを付け、ブロガーがそのコメントに返事を書くという双方向のやりとりが可能で、2010年6311万人だった利用者が2013年には2億8100万人にまで増えている。民主的な議論が開設されていない国だからこそ、なお一層こうしたインターネットの言論空間が発達するのだろうか。その意味で微博は擬似的な議会とまで言える。党、政府にとってもインターネットは「主戦場」であり、学術界、法曹界、財界、市民団体などの人脈が考えていること、或いは行動が一目瞭然となる。政府はこれに対し200万人のネット監視員で監視しているものの、全てをコントロールすることは不可能である。インターネットを利用して自分の考えを表し、他の人たちと団結して権力者に対抗することが「弱者の武器」として可能になり、近年話題の「人肉捜索」はそうした背景で生まれた。「人肉捜索」とは2006年ころから使われるようになった、個人情報、検索、暴露を意味する中国語で、特権を利用して私腹を肥やす役人が目立つ現在の中国においては、重要な役割を果たしている。
日本でも詳しく報道された40人が死亡するという大惨事があった浙江省温州市郊外での高速鉄道事故の際には、も多くのネットユーザーが「囲観」(元の意味は<野次馬>)に参加し「微博」を通じ遂には鉄道局長を免職処分するに至った。ネット世論が生む特例化としてその他幾つかの事例も紹介された。

農民・市民の所得格差拡大

中国は急激な市場経済化によって格差が拡大する中、経済的に立ち遅れる農村地域で血液ビジネスが促進されエイズの悲劇がもたらされた。それに巻き込まれたのは農村の貧しい人々であるが、彼らが貧困から脱却できないのは「農民」と「市民」を戸籍によって区別する特有の制度も関係している。2008年中国の1人当たりGDPは3266ドルで一般的には「発展」の段階に入り所得格差が徐々に縮小していく水準といわれているが実際には格差は拡大している。格差は主に「都市」と「農村」の間に表れている。2009年に発表した中国の所得格差指標は社会不安を招く「警戒ライン」の0.4を超える0.496に達した。 市場経済化が進められる中で農村から都市へ移住してきた「農民工」と呼ばれる出稼ぎ労働者は年々増え続け現在約2億人に達しているといわれる。農民工は戸籍を出身地に残した侭であり「暫定居住証」を所有しているだけである。現状では「市民」になりえない。
総じて言えば、今の中国は重い癌に罹っているようなものだ。この癌細胞が今後どのような結果を見るのか解らないが、このような状態で、中国と世界にもたらせる災厄は政治・経済・社会いずれの面を捉えても大きい。心すべきは癌で倒れてから改革に手を付けるのでは遅い。市民社会を発展させるために努力し、漸進的に政治改革を進めるべきではないか、と講演を結んだ。
講演は、講師が自ら中国に身を置き実際に見聞したことが下敷きとなった話なので大変興味深く聴け、感動した。      (光永)

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