平和の鐘をならそう

世界大戦の悲しみと反省から、ユネスコが誕生し、1947年7 月19日、民間ユネスコ運動が世界に先駆け日本で始まりました。
これを記念し、2006年、日本ユネスコ協会連盟では、7月19日を「民間ユネスコの日」と定め、日本各地のユネスコ協会では一斉に世界平和を願い鐘を鳴らす「平和の鐘を鳴らそう」活動を行っています。

[2021年度] 平和の鐘をならそう

日 時 2021年7月17日(土)
場 所 東本願寺別院境内
参加者 14名

感染対策から、昨年に続き、理事を中心とした会員のみの参加でした。
外岡会長のご挨拶、三浦輪番様からのお言葉、 児島理事先導による「わたしの平和宣言」に続き、 男性4名(三浦輪番様、外岡副会長、トーキル会員、國田会員)が代表して鐘をつきました。

挨拶要旨 外岡会長

今年が日本が国としてユネスコに加盟して70年になります。
また、間もなく2つの新たな世界遺産、自然遺産の「奄美大島・徳之島・沖縄北部及び西表島」、 文化遺産の「北海道・北東北の縄文遺跡群」が誕生します。おめでたいことです。
世界平和、東日本大震災からの復興、新型コロナウィルス感染の一日も早い終息を願い鐘をつきましょう。

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挨拶要旨 東本願寺札幌別院輪番、三浦輪番様

今年1月に亡くなった、半島一利さんによると、かなりの大人が、かつて日本がアメリカと戦争をしたことを知らないし、 俳句、「八月や 六日、九日 十五日」の意味も分からなくなっているそうです。
また、先般沖縄で感染が急増した際、玉城知事が国に緊急事態宣言の発動を求めた行為に対し、 ある国会議員が、「国の政策に頼るなんて、沖縄県民らしくないじゃないか。」と語ったそうです。
「沖縄県民斯く戦えり。県民に対し、後世特別の御高配を賜らんことを。」  これは、帝国海軍の沖縄防衛司令官、大田実中将の自決前、最期の電文です。
唯一の地上戦となった沖縄では多くの島民が犠牲となりました。
それに対し、太田中将は「特別のご高配を」と願って命を絶たれました。
国会議員の発言は嘆かわしいものです。 仏教の教え「殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ」、ユネスコの考えに通じます。 ご一緒に平和の鐘をならしましょう。

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[2020年度] 平和の鐘をならそう

日 時 2020年7月18日(土)
場 所 東本願寺別院境内
参加者 20名

新型コロナウイルス感染が収まらない状況で、実施するかどうか検討した結果、密を避け感染対策をして実施する事になりました。
開始前に感染予防の為、イス・テーブル等を除菌シートで拭いたり、密にならないようにイスを配置する等の準備をしました。
外岡副会長の開会挨拶で始まり、輪番三浦様に来賓挨拶をしていただきました。
「私の平和宣言」は、児島理事に英語と日本語をお願いして、参加者全員で気持ちを一つにして唱和しました。
今回、時間短縮の為、残念ながら紙芝居と朗読は中止しました。
広田副会長の閉会挨拶の後、集合写真を撮りました。
最後に参加者を代表して、外岡副会長、広田副会長 、高山理事の三人が、貧困・紛争・自然災害・新型コロナウイルス感染症で苦しむ世界の人々への鎮魂と 、 復興と平和への祈りを込めて、平和の鐘を鳴らし、終了しました。(コーアクション委員長 増永俊子)

「平和の鐘をならそう 」東本願寺札幌別院輪番、三浦崇様

コロナ禍で世界中が振り回され、感染拡大防止のために「集まるな閉めるな 寄るな 家に居ろ」と三密回避が叫ばれて久しい。そのような中で「コロナ禍が人に問うもの語るもの」との川柳が目についた。今回の経験から何を学ぶのかということであろう。
国連のグテレス事務総長は「このウイルスには、国籍も民族性も、党派も宗派も関係ありません。
すべての人々を容赦なく攻撃します」と語っているが、コロナウイルスは自らの遺伝子を残し増殖するために、人や動物の他の生物を宿主にするのであって、ウイルス自体には攻撃する意志があるわけでは勿論ない。
そのように、何の目的も悪意もないままに、国家・民族・思想・信条に無関係に感染をもたらす(襲いかかってくる)コロナウイルスに対しては、人間もまた国家・民族・思想・信条 の 差異ちがいを超えて対応・対決しなければならないのだろう。
先のグテレス事務総長は「戦争という病に終止符を打ち、世界を荒廃させている疾病と闘うこと」を訴えているが、人類が、お互いに憎しみ合い争い合って自国利益の追求のために貿易戦争や軍拡に狂奔する愚かさに気づき、全人類を破滅させる武器である核を捨てる方向へ一日も早く転換することを、コロナ禍が促しているのではないだろうか。
「私たちが直面している最大の危機はウイルスではなく、人類が内に抱える魔物、即ち憎悪と強欲と無知だ」とはイスラエルの歴史学者の指摘である。国家、民族、思想・文化の差異を認め合い、差異のあるままに共に携え合っていける世界の築かれることを願って、「平和の鐘」を鳴らし続けよう。

2020年度 会報 No.46

[2019年度] 平和の鐘をならそう

日 時 2019年7月20日(土)
場 所 東本願寺別院境内
参加者 28名(子ども 2名)

三浦由佳 副会長の開会挨拶の後、輪番 、三浦様がユネスコ活動に繋がるお話をしてくださいました。
その後、 会員の児島充子さん(英語)と栗山るり子さん(日本語)に「わたしの平和宣言」をお願いして、皆さんで唱和しました。
休憩の後、札幌ユネスコ協会設立65周年の記念講演会で講演をしていただいた、窪島誠一郎さんの絵本「約束」を紺野久美子さんが朗読しました。
広田美貴子副会長の閉会挨拶の後、皆で平和を願って鐘を鳴らしました。
輪番様のお話や絵本の朗読を聞いて、心の中にある平和の砦が劣化しないように努力し、命の大切さ、平和への思いを改めてユネスコ活動の原点を見つめ直す良い機会となったと思います。
皆様のご協力をいただき良い会になりました。(コーアクション委員長 増永俊子)



[2018年度] 平和の鐘をならそう

日 時 2018年7月21日(土)
場 所 東本願寺別院境内
参加者 40名(子ども9名)

「わたしの平和宣言」は、バングラデシュから北大に留学中の、サジャッドさんが英語で 、日本語は会員の星野さんの先導で唱和しました。
会員手作り紙芝居「ユネスコってなに?」が復活上演され 、 紺野会員が絵本「サクラソウのひみつ」を朗読しました 。
この絵 本は、日ユが取り組んできた「守ろう地球のたからもの」プロジェクトから生まれた作品で自然界の命のつながりを描いています。最後に全員で平和を願い鐘をつきました。
(コーアクション委員長 増永俊子)


[2017年度] 平和の鐘をならそう

日 時 2017年7月22日(土)
場 所 東本願寺別院境内
参加者 51名(子ども9名)

輪番、三浦崇様のお話~平和を願う思いは仏教も同じです~
・「わたしの平和宣言」を児島充子会員(英語)、星野慶子会員(日本語)と共に唱和
・語り「池に浮かんだ一丁の琵琶」東隆子会員(「日本の民話を語り伝える会」会員)
・参加者全員が次々と鐘をつき平和を願った


[2016年度] 平和の鐘をならそう

日 時 2015年7月16日(土)
場 所 東本願寺別院境内
参加者 38名


昨年からは東日本大震災の犠牲者への鎮魂と復興への思いも込めての活動となっています。
今年も、まず東本願寺別院境内に集まった全員で「私の平和宣言」を唱和しました。その後手作り紙芝居「ユネスコって何?」で平和を学び、最後に全員が次々と鐘をつきました。


[2015年度] 平和の鐘をならそう

日 時 2015年7月18日(土)
場 所 東本願寺札幌別院境内
参加者 51 名(うち子ども 5 名)

お天気にも恵まれ、境内の大きな木の下に椅子を並べて心地よい風の吹く中での開催でした 。
外岡副会長の挨拶で始まり、来賓の東本願寺 札幌別院の新しい輪番 、三浦崇様はユネスコの精神にも通じるお話をわかりやすくしてくださいました。
「わたしの平和宣言」は、英語(和田文博会員)・日本語(星野慶子会員 )で参加者全員気持ちを込めて唱和しました。
休憩の後、紙芝居「かぜのでんわ」を紺野久美子さんの朗読で行いました。
境内に優しい穏やかな声が響きました。
三浦副会長の閉会挨拶の後 、一人一人が平和を願って鐘を鳴らしました。
例年に比べ、参加者が少なかったですが、柏葉荘と興正学園の子ども達も参加してくれましたし、参加者から穏やかな良い会だったとの感想をいただきとても嬉しく思いました。
毎年「平和の鐘を鳴らそう」の開催にふさわしい場所を提供してくださる東本願寺札幌別院の皆様、参加してくださった皆様に心より感謝申し上げます。
ありがとうございました 。(コーアクション委員長 増永俊子)


[2014年度] 平和の鐘をならそう

日 時 2014年7 月19 日(土)
場 所 東本願寺別院境内
参加者 63名(うち子ども14名)

世界大戦の悲しみと反省から、ユネスコが誕生し、1947 年7月19日、民間ユネスコ運動が世界に先駆け 日本で始まりました。これを記念し、2006年、日本ユネスコ協会連盟では、7月19日を「民間ユネスコの日」と定め、日本各地のユネスコ協会では一斉に世界平和を願い鐘を鳴らす「平和の鐘を鳴らそう」活動を 行っています。また、現在は東日本大震災の犠牲者への鎮魂と復興への思いも込めての活動となっています。

「平和の鐘を鳴らそう」に参加して

昨年からユネスコに、入会させていただき、今年初めて参加いたしました。
少し肌寒い風の強い日でしたが、元気な子ども達と、多くのご参加者の中、私どもは、ユネスコの主旨を優しく紐解いた「ユネスコって何?」という紙芝居をする係を仰せつかりました。
事務局の栗山さんも入っての三人で、何回か読み合わせをするうちに、今まで漠然としか、理解していなかった「ユネスコ」という大きな名前が、平和を願う具体的な形となって、伝わって参りました。
そして、何より感心したのは、一人一人が鐘をつく時間になるまで、かなり内容の詰まったプログラムが終わるまで、姿勢を正しお行儀よく、しっかりお話を聞いてくれた、子ども達のマナーでした。
この子ども 達がこれから歩む世界が平和で、幸せであってほしいとのユネスコの思いが、鐘の音のように、世界に響き渡る ことを、願うばかりです。(竹内恭子・藤野絵里子)


[2013年度] 第8回平和の鐘をならそう

日 時 2013年7月20 日(土)
場 所 東本願寺別院境内
参加者 61名

[2012年度] 平和の鐘をならそう

日 時 2012年7月16日(月) 11:00 より
場 所 東本願寺別院境内
参加者 参加者65 名(うち子ども12名)

昨年からは東日本大震災の犠牲者への鎮魂と復興への思いも込めての活動となっています。
今年も、まず東本願寺別院境内に集まった全員で「私の平和宣言」を唱和しました。その後手作り紙芝居「ユネスコって何?」で平和を学び、最後に全員が次々と鐘をつきました。

報告

初めてこの、「平和の鐘を鳴らそう」という活動に参加させていただきました。私が特に心に響いた のは、周囲の人々との壁を取り除 こう、というお話です。
人と関わ っていく中で、自分と正反対に位置している人、苦手な人との出会いは沢山あると思います。
ですが、 自分と合わないからといって相手を遠ざけていては、世界全体が一つのなるのは不可能だと実感しました。
もっと多くの方にこの事を 改めて考えてもらいたいと思います。(高校生A.I)

報告

僕は今回「平和の鐘を鳴らそう」 に参加して、世界中で戦争による 犠牲者がたくさんいたという事に 改めて気付かされました。
これから先、僕が出来る事は少ないかもしれませんが、一人ひとりが平和を願い、行動する事で一人でも多くの方が笑顔になれるよう、僕も僕に出来る事を見つめ、 行動していきたいと思います。
今回はこのような体験をさせていただき、本当にありがとうございました。 (高校生 H.K)


[2011年度] 平和の鐘をならそう

日 時 2011年7 月18 日(土)
場 所 東本願寺別院境内
参加者 47名(うち子ども7名)

あいにくの雨模様でしたが、東本願寺別院境内にて、子どもさん7名を含む47名の参加者で行いました。
東本願寺輪番、梨谷哲榮様のお話を伺い、「わたしの平和宣言」を全員で唱和。その後手作りの紙芝居「ユネスコってなに?」でユネスコ活動について学びました。
最後に平和を祈念して参加者全員が交代で鐘楼に登り鐘を撞きました。

「平和の鐘を鳴らそう」に参加して

今回初めて参加させて頂きました。世界や日本の広さを考えるとほんの一握りですが、平和や命の尊さを皆で改めて考える貴重な機会だと思いました。子ども達も小さいながらも真っ直ぐな瞳で皆さんのお話を聞き、帰った後も子どもなりに解釈した話をしておりました。
私個人と致しましては、平和宣言が印象的でした。文言の1つ1つがシンプルでありながら大人はもちろん、子ども達にも自分自身日常の中で伝えたい、大切にしたいメッセージがたくさん詰まっていました。自分自身改めて振り返り、今後の仕事や人との関わりの中で大切にしたいです。
貴重な会に子ども達共々お誘い頂きありがとうございました。(札幌南藻園 小松先生よりの礼状)


[2010年度] 第5回 平和の鐘をならそう

日 時 2010年7月18日(日)
場 所 東本願寺札幌別院境内
参加者 参加者72名(うち子ども8名)

・「わたしの平和宣言」 全員唱和
・手作りの紙芝居「ユネスコってなに」
・ 平和を祈念して参加者全員が 鐘を撞く
・「平和の鳥 de 募金」はハイチ地震教育支援へ

「平和の鐘 を鳴らそう」に初めて参加して

暑い夏の一日、東本願寺札幌別院境内で行われたユネスコ「平和の鐘を鳴らそう」式典に、初参加させてい た だきました。
山門をくぐると、左手に鐘楼堂、その右側には樹齢百年の保存樹、柏の木がそびえ、この大樹の木陰での式典が始まりました 。
横山会長のご挨拶、藤島輪番様の法話があり、戸部副会長の「平和宣言」に続き参会者全員で「私の平和宣言」を唱和、手作りの紙芝居「ユネスコって何?」を、子供たちと一緒に勉強しました。
ユネスコ民間運動に賛同の近隣の方々、外国の方たち、子供たちも先生同伴で参加、総勢 72名が鐘楼堂を囲み、心を込めて一人ひとりが平和を祈りながら鐘を鳴り響かせました。この鐘楼堂の鐘は、太平洋戦争のため供出され、戦時中は鐘の無い鐘楼堂だったそうです。
戦後の昭和23年10月25日、再鋳され現在の鐘となったことを伺いました。
二度の世界大戦の悲しみと、反省の中から、世界平和を求めてユネスコが誕生したことを思うとき、現在もまだ戦争が続くこの地球上から一日も早く戦争を無くし、次代を担う子供たちのため、私たち大人は、ユネスコを通し、もっともっと平和のため働き掛けなければと、強く思うのです。
戦禍や災害で家や両親を失った子供たちが、小さな手を合わせる姿を TV の画面を通して見る度、こんな悲しみを決して繰り返してはならないと強く心に感じております。
世界の子供たちの未来が、明るく平和でありますようにと念じながら平和の鐘を打たせていただきました。(高山千鶴子)

2010年度 会報 No.36