|
|
1. ユネスコの特異性
尾花でございます。
はじめに日光にユネスコ協会ができたことを大変うれしく思っています。
高橋さんが私を年上のようにご紹介くださいましたが、多分同年代だと思うんですが。
日本ユネスコ協会連盟は、高校ユネスコ全国大会を毎年やっております。
高橋先生はそのリーダーを長くやっておられました。
川崎のサレジオ高校ユネスコクラブの顧問、教頭先生をやってらして、全国大会に参加する二百校以上の高校の中で引率の先生方20人で国際教育フォーラムという研究会を作り、高橋先生もその中の一人でいらっしゃいました。
それが20年前でしょうか、突然学校をお辞めになり日光にお帰りになったのでびっくりしました。
惜しいなあと思いましたが、タイにあったベトナムやカンボジア難民キャンプに高校生をつれていく時も、先程お話のあったブルガリアのソフィアでユネスコ総会があった時にも、お誘いするのにいつも頭に高橋さんがいらして、一緒に行動してくださった方です。
お住まいの日光にユネスコ協会を作ってくださいと、私が連盟事務局長時代からからずっとお願いしていました。
それが実り、先ほどすばらしい司会で美しい自然のご紹介がありましたが、この地に広域日光ユネスコ協会が誕生しましたことをうれしく思っております。
ユネスコ活動につきましては、資料でおわかりだと思いますので、今日はユネスコの特異性をお話します。
ユネスコは1995年から1997年までの3年間をユネスコ50周年として祝いました。
いろいろな記念行事の中に記念出版がありました。
「ユネスコで世界を読む」という本で、「21世紀にひきつぐ国連の良心」という副題でこの本の編集をお願いされました。
ユネスコ協会連盟事務局に35年位いまして広報編集が大好きですので喜んでお引き受けいたしました。
ただ、今までのユネスコの本は堅苦しくて売れないんです。
何とか本屋さんに並べ、学校、公共の図書館に納め、皆さんに読んでいただけるような本にしたいと考えクイズ形式にしました。
例えば、一問目は「ユネスコとユニセフの違いは何ですか。」というものです。
選択肢が3つあり、正解と解説が次のページに書かれています。
また、「ユネスコによって多くの日本文学が各国語に翻訳されていますが一番多くの言語に翻訳されたのは谷崎潤一郎の「細雪」漱石の「坊ちゃん」川端康成の「雪国」の内どれか」というふうに。
「雪国」ですね。
「雪国」をユネスコが英語、仏語に訳したからこそ多くの人が読み、ノーベル文学賞選考委員会の目に留まりノーベル文学賞を受けるきっかけになった、というようにクイズ形式です。
今すでに再版が出まして3版目を作っております。
これは新版で改訂版ではないのです。
何故新版かといいますと、この50周年の時にはアメリカとイギリスが脱退していたのです。
ところが2年前にイギリスがユネスコに戻ってきました。
それで大幅に中身を変えているのです。
まもなく本屋さんに出ますので関心のある方はぜひ読んでみてください。
クイズしながらユネスコって以外と面白いんだなあと思っていただけたらと思います。
なぜ第一問をユネスコとユニセフにしたかといいますと、ユニセフは知っているがユネスコのことは知らないという人が多いのです。
両方とも教科書に出てくるんですが、ユニセフは黒柳徹子さんがユニセフ親善大使をやってらしてテレビでユニセフの紹介をなさり、また、学校募金をやっているので知られているんですね。
ユニセフは1946年、ユネスコより1年遅れての出発ですから1996年に創立50周年を、国連も1995年に創立50周年を祝いました。
なぜユネスコだけが3年間も祝ったかといいますと、実は1947年に仙台で世界で最初に民間ユネスコ運動がおこったのです。
それで民間ユネスコの50周年を含まずしてユネスコの50周年を祝えるかと、こういう形になったのです。
大河は一滴の水から始まると言いますが、仙台の上田康一さんがロンドンでユネスコ憲章が採択されたという情報を、終戦連絡事務局で手に入れ「これこそ終戦後の日本が依って立つべき素晴らしい理想だ」と思い東北大学の先生方に呼びかけて民間ユネスコ協会として最初に仙台ユネスコ協会を作った。
それが始まり、大河の一滴でした。
今や世界135カ国に5000のユネスコ協会またはクラブがあります。
私の友人で国連の職員をなさっていた、埼玉大学教授の吉田康彦さんが、著書の中で「日本が文化の面で唯一世界に誇っよいことがある。それは日本で始まって世界に広まった民間ユネスコ運動である」と書いています。
日本で多くのNGOが活動しています。
ボ−イスカウト、ガ−ルスカウト、ソロプチ、赤十字、いろいろあります。
その全てが、外国で生まれ日本に持ち込まれて市民運動になっているんですね。
平和運動の中で日本で始まり世界に広がっていったのはユネスコ民間運動で、大いに誇ってよいことなのに意外と知らない人が多いと吉田さんは書いています。
ユネスコはこの事を世界の政府責任者の認識に入れるために1995年から1997年をユネスコ50周年として祝いましょうということにしました。